イルカはサメより強い?サメがイルカを怖がるという噂の真相

「実はイルカはサメよりも強いので、サメはイルカを恐れている」

こんな風な噂を耳にしたことは無いでしょうか?

世間的にはサメは海の王者、頂点捕食者、凶暴なハンターというイメージが根強いはずです。

しかしその一方で、『実はサメよりイルカのほうが強い説』というブログ記事や『サメがイルカを恐れる理由』というYouTube動画が見つかることがあります。

驚いたことに、米国の水族館シーワールド・オーランドの公式ページ内にも『10 Reasons Sharks Have Dolphin-Phobia』(サメがイルカ恐怖症を持つ10の理由)という記事が存在します。

B級サメ映画『ファイブヘッド・ジョーズ』では、「実はサメはイルカを恐れている」として、イルカの音を使ってサメを誘導しようとするシーンが描かれていました。

こうした情報に影響されたのか、僕が運営しているYouTubeチャンネルにも「サメはイルカより弱い。ホホジロザメですらイルカを見ると逃げ出す」などのコメントを書き込む人がいます。

XやYouTubeでアンケートを取ってみたところ、大多数というわけでないものの、この手の話を聞いたことある人は一定数いて、中には信じている人もいるようです。

Xの投票ツールでのアンケート
言われたことがあるし、信じている。
12.8%
言われたことがあるが、信じていない。
19.1%
言われたことはないが、そう思える。
15.9%
言われたことはないし、そう思わない。
52.2%
YouTubeコミュニティ機能でのアンケート
言われたことがあるし、信じている。
20%
言われたことがあるが、信じていない。
28%
言われたことはないが、そう思える。
15%
言われたことはないし、そう思わない。
37%

では、「サメがイルカを恐れている」や「イルカはサメより強い」という噂は本当なのでしょうか?

今回は「サメはイルカを本当に恐れているのか?」というテーマで解説をしていきます。よろしくお願いいたします。

目次

解説動画:イルカはサメより強い?サメがイルカを怖がるという噂の真相

このブログの内容は以下の動画でも解説しています!

※動画公開日は2025年7月19日です。

論点の確認:サメ・イルカとはどこまでを指すか?

本題に入る前に、議論の前提を確認しておきます。

今回主に議論するサメは、ホホジロザメ、イタチザメ、オオメジロザメなどの大型種となります。

サメ愛好家の方はご存知の通り、世界には約560種ほど、大きさも形態も生息域も様々なサメの仲間がいます。

その中にはイルカより遥かに体が小さいサメや、そもそもイルカ類と接点を持つことがあるのか疑問なサメも多いです。

しかし、このテーマを取り上げているコンテンツを僕なりに調べたり、これまで僕の動画に寄せられたコメントの内容を見るに、「サメがイルカを怖がる」と言っている人たちは「ホホジロザメのような大きくて危険なイメージのあるサメでさえも、実はイルカを怖がっている」と主張しているようです。

実際この手のYouTube動画を検索してみると、そういう思考を裏付けるような(あるいはそう思わせたいという意図を感じる)サムネイルが多く見つかります。

小さなサメとイルカの関わりも後半で多少は触れますが、今説明したような事情から、今回は「いわゆる世間一般にイメージされると強い・怖いサメ」の話がメインとなります。

大きくて強い、怖いとされるサメの代表、ホホジロザメ

次にイルカについて、今回主に議論するのは狭義のイルカ(3~4m以下の小型鯨類)であり、シャチは対象外とします。

クジラとイルカは体の大きさで何となく分けられているだけで、実は厳密な分け方はありせん。分類上のグループ分けでも、マイルカ科というグループの中にハンドウイルカとシャチが一緒に含まれているので、シャチをイルカの仲間と言うことも解釈次第では可能です。

しかし、世間でイルカの代表的な存在のハンドウイルカとシャチでは明らかに体格が異なりますし、サメとシャチについてはこれまでの別の記事で散々解説してきました(詳しくはコチラ)。

なにより、先述の通り「ホホジロザメのような大きくて危険なイメージのあるサメでさえも、実はイルカを怖がっている」という噂が今回の議題なので、サメを捕食するイメージが世間的に定着したシャチについて議論する必要性もないでしょう。

以上の理由から、これからお話しする「イルカ」はハンドウイルカやマダライルカなど、大きくても全長3~4m程度の鯨類とします。ご理解いただけますと幸いです。

サメはイルカを襲うし、イルカはサメを怖がる

結論から言えば「実はイルカはサメよりも強いので、サメはイルカを恐れている」という主張は一方的な偏ったものであり、程度が低いと言わざるを得ません。

サメがイルカを襲う事例は数多く存在する

まず、サメが生きているイルカ類を襲っているという証拠は多く存在します。

例えば、2000年3月に米国ハワイ州オワフ島で、群れで泳いでいたマダライルカのうち一頭を襲うイタチザメが観察されました。

襲われたイルカはまだ若い個体で、30~50頭ほどの群れとして泳いでいたのですが、徐々に群れから後れを取っていたところを急接近したイタチザメに噛みつかれました。

イルカは尾鰭の前あたりを大きく噛み千切られて泳げなくなり群れから置いて行かれ、サメと共に水中へ消えていったそうです。

他にも、ブラジル沖で捕獲された全長210cmアオザメの胃の中から、85cmイルカの子供が丸々出てきたこともあります。

サメの胃から鯨類が見つかる際、死んでいる個体を食べた腐肉食の可能性ももちろんありますが、この記録では死体の状態からして、生きている時に攻撃されたと推測されています。

またオーストラリアのクイーンズランド州、モートン湾で1984年5月~1987年2月まで行われたハンドウイルカを対象にした調査では、対象個体334尾のうち36.6%でサメによる噛み傷が見つかっています。

この調査では傷を負って生き延びている個体だけを特定しているので、

  • 襲われたが噛まれずに逃げおおせた個体
  • 傷を負ったが治癒して判定できなかった個体
  • 襲われて食べられてしまった個体

が他にいるとすれば、もっと多くのイルカがサメに襲われていることになります。

サメによる捕食リスクがイルカの行動を変化させる

さらに、イルカ類がサメ類を怖がっていると示すデータすらあります。

1997~1999年にオーストラリアのシャーク湾という場所で行われた、イタチザメとハンドウイルカを対象にした研究では、イルカの摂餌行動がイタチザメによる捕食リスクによって大きく影響されていることが示されました。

研究結果をできるだけ簡単に紹介すると、基本的にイルカはエサが豊富な水深が浅い場所でエサを取りたがるのですが、イタチザメが浅瀬に現れる温かいシーズンになると、浅瀬で食事するイルカの数が明らかに減ることが分かりました。

温かい時期も寒い時期もイルカのエサである動物の生物量に大きな違いはなかったことから、エサの増減による影響ではなかったことが分かります。

また、調査期間のうち1999年のコールドシーズンは例外的に水温がやや高く、イタチザメの数も他の年より多かったのですが、暖かいシーズンほど捕食リスクが増えたわけではないのに、摂餌行動をするイルカの比率が温かい時期に近くなりました。

これらのデータから、イルカたちがイタチザメを恐れている、少なくともエサが豊富な場所の利用を減らすほどには脅威と見なしていることが推測できます。

イタチザメ
イタチザメ
イタチザメの捕食リスクによるイルカの摂餌行動の変異を表したグラフ
イタチザメの捕食リスクによるイルカの摂餌行動の変異を表したグラフ。『Food availability and predation risk influence bottlenose dolphin habitat use』内の図を引用

このように、サメがイルカ類を襲っている事例があることや、イルカ類がサメを恐れていると思えるようなデータがあることから、「サメがイルカを恐れている」や「サメはイルカよりも弱い」と一方的に言い切るのは難しいです。

したがって、普遍的な事実かのように紹介するのは、勉強不足もしくは悪質なデマと言っても過言ではありません。

なぜ「イルカはサメより強い説」は一部で人気なのか?

ここまで聞いて、「そもそも何でこんな話が広まっているの?」と疑問に思っている人がいると思います。

ここからは僕の推測を含みますが、この噂が流れたり信じられている原因について仮説を述べたいと思います。

一部のサメは実際にイルカに襲われる

小さなサメや大人しいとされるサメまで話を広げれば、イルカがサメを襲うことはあるようです。

人気テレビシリーズ『Shark Week』では、コモリザメを追い払ったり、時には殺してしまうこともあるというジョジョと名付けられたイルカや、小さなヒラガシラの仲間に体当たりして食べてしまうイルカの映像が紹介されていました。

同ドキュメンタリー番組ではサメがイルカを襲う事例も紹介されていましたし、そもそも『Shark Week』というテレビ番組を根拠に使うことに問題がある気もしますが、この内容を「イルカはサメより強い」「イルカはサメを殺すことがある」という主張の根拠に使っているブログが実際にあったので、少なからず噂に影響を与えていると思います。

コモリザメを攻撃するイルカについての動画↓

また、イルカがホホジロザメの周りを泳ぎ回る映像が撮影されたことがあります。

2022年に公開されたこの映像内では、イルカたちがかなり近くまでホホジロザメに接近したり、進路を阻んでいるように見える様子が記録されていました。

実際の映像はコチラ↓

この映像ではホホジロザメが襲われたわけでも逃げ出したわけではありませんが、こうした映像を見た人が「サメは血に飢えた凶暴な生き物」というイメージを強く抱いていた場合、

凶暴なはずのホホジロザメがイルカを襲っていない!イルカもサメに近づいている!つまりイルカはサメより強い!

と勝手に解釈を広げる可能性はあると思います。

スペックだけで見比べる単純思考

「サメがイルカを恐れている」や「イルカはサメより強い」と主張するコンテンツの多くに共通しているのが、分かりやすいスペックだけで両者を比較する思考です。

サメのイルカ恐怖症に関するコンテンツで主に根拠として挙げられていたのは以下の項目です。

  • イルカは頑丈な骨格を持っているが、サメは軟骨であり、肋骨で内臓が覆われていないので弱い。
  • イルカは知能が高く吻部が固いので、骨で覆われていない内臓というサメの弱点を突いてくる。
  • イルカはサメよりも泳ぐ速度が速く柔軟に動ける。
  • サメは単独だがイルカは群れで動き、一頭が襲われても仲間がサメを撃退する。

こうした項目について、一部は事実です。サメの内臓は確かに肋骨で覆われていませんし、ほとんどのサメよりイルカは速く泳げると思います。

ホシザメの内臓
腹部を切り開いたホシザメ。サメは内臓が肋骨で覆われていません。

しかし、このようにスペックを並べるだけでは断定的に論じることには色々と問題があります。

まず先述の通り、実際にサメがイルカを捕食した事例が複数あります。

また、肋骨のない動物が肋骨のある動物を捕食する事例は多く存在するため、骨格だけで強い弱いが単純に言えません(肋骨のない動物であるイカやタコは、内臓が骨で覆われている魚を数多く捕食しています)。

さらに、実際のハンティングは不意打ちが成功するかどうかや、逃げ場のある場所かどうかなど複合的な要因が関係するので、泳ぐスピードだけでは優劣は決まりません。

要するに、そうしたスペックを持った動物が自然界で関わり合う時に何が起こるのか?あるいは何が起きているのか?まで調べる思慮深さがないわけです。だから内容が薄っぺらいんですね。

ちなみに「イルカがサメの弱点である内臓を硬い吻部で突く」という話について、少なくとも先に挙げたような大型サメ類に対してイルカがそういう攻撃をした実例は見つかりませんでした。

実際にあるのかもしれませんが、シャチがサメの内臓を好んで食べることや、イルカが別のイルカを殺す際に吻部をぶつけるという事例から想像して言っているだけの可能性もあるので、学術的なエビデンスをご存知の方がいればご連絡いただけると嬉しいです。

群れで撃退するという話について、確かにイルカがサメを追い払った事例はあります。

ただし、先に紹介したハワイの事例のように襲われた個体が置き去りにされるケースもありますし、もし簡単に撃退できるとしたら、何故シャーク湾でのイルカたちの行動がイタチザメの捕食リスクで大きく変わるのか疑問です。

そもそもの話、獲物である動物を襲った際に撃退された事例があるというだけで「弱い」と言うなら、「実はライオンはシマウマより弱い」など様々な動物に当てはまってしまい、あまり意味のある議論ではないと感じます。

哺乳類至上主義

「イルカはサメより強いからサメはイルカを恐れている」というコンテンツの背景に、哺乳類至上主義とでも呼ぶべき、歪んだ生物観があるのかもしれません。

生物に関心がない場合は仕方ないのかもしれませんが、世の中には未だに、「哺乳類が最も進化している優れた存在」であり、その最後に誕生した人間に近い生物ほど偉い」という考えの人がいます。

僕のYouTube動画にもアップした際にも

サメは所詮魚、シャチは哺乳類だからシャチが強いのは当たり前

サメは魚のくせに哺乳類を食べるからムカつく

などの低俗なコメントを書かれたことがあります。

こういう思想の人は恐らく、最初に魚類がいて、次に両生類に進化して、その後爬虫類→鳥類→哺乳類という風に、より高度な動物に進化していった。そして一番新しく登場した人間様が一番優れていると勘違いしているとのだと思われます。

実際には生物の進化は上位の存在にレベルアップするポケモン的なものではなく枝分かれしていく過程なので、後に出てきたものが偉いなんてことはありません。

また、両生類などが生まれた後も魚類は魚類の系統で進化を続けているので、魚類が遅れた存在であるかのように見なすのもおかしいです。

そして一番大事なことは、客観的に優れた生物など存在しないということです。

例えば僕たちは脳が大きな動物を優れていると思いがちですが、大きな脳はエネルギーを多く使うため、資源の少ない環境では不利な形質と言えます。

ある生き物が優れているかどうかを決めるのは自然環境であって、どのグル―プに分類されるかでも、どれだけ人間と似ているかでもないんです。

こうしたことを理解できない人、受け入れられない人、あるいはそういう人の喜ぶコンテンツを作ってバズらせようとしている人が「サメは所詮雑魚、知能が高くて肋骨のあるイルカに勝てるわけがない」という主張をしているのだと思います。

そういう人は何ももたずに海に入り、ホホジロザメと向かい合ってみてください。ご自身の知能と肋骨が、水中という環境でどれくらい優れているのか、きっと身をもって分かるでしょう。

あとがき

今回は、「イルカはサメより強いからサメはイルカを恐れている」という噂について深掘り解説をしました。

注意点していただきたいのですが、僕はここで「実際にはサメはイルカより強いんです」と言い返しているわけではありません。

少し前から「大型種を含めてサメの方が弱い」と一方的に主張する低レベルなコンテンツや、それを信じ込んでネットに意見を書き込む人たちがちょっと目に余るようになってきたので、こういう記事を書いてみただけです。

前半で触れた通りサメにも多様な種類がいますし、イルカの行動も単独なのか子供を連れているのかなどで変わると思うので、「サメはイルカより強いかどうか?」という疑問への答えは、「種や状況による」が一番適切だと思います。

サメとイルカ、どちらも魅力的な生き物だと思うので、どっちが強い弱いみたいな議論で止まっている人は、もう少し広く深く、彼らのことを学んでくれると嬉しいです。

参考文献

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