「アカシュモクザメの保育場が見つかった」と聞いて、どんな光景を想像するでしょうか。
小さなシュモクザメが沢山いる保育園みたいな施設を想像する人もいるかもしれません(ちょっと行ってみたい)。
長崎大学の山口敦子教授らで構成された研究チームが、九州にある有明海がアカシュモクザメの重要な保育場であることを科学的に明らかにし、研究成果を論文として公開しました。
研究チームは約20年間にわたり、南西日本4海域で採集された1000個体以上のアカシュモクザメを解析しました。その結果、出生直後の幼魚が毎年確認されること、有明海の奥の方では0歳個体が大半を占めることなどを突き止め、国際的な基準を満たす重要な保育所であると結論付けました。
この研究は絶滅危惧種であるアカシュモクザメを保全する上で大きく貢献する可能性がある一方、同海域で大量の幼魚が混獲されている可能性も示しており、環境保全と漁業管理をどう進めるのかが、今後の課題になりそうです。
ここまでの内容は大手メディアでも報じられましたが、サメに関心のある方であれば、
- 保育場っていうけど、サメが子育てするの?
- アカシュモクザメって絶滅危惧種なの?
- なぜ有明海の奥部が重要な保育場になるの?
- それを守るためにはどうすれば良い?
などなど・・、色々な疑問が出てくると思います。
そこで今回は「アカシュモクザメの保育場としての有明海」というテーマで、今回発表された論文の内容をもとに解説をしていきます。
解説動画:有明海がアカシュモクザメの保育場と判明!幼魚が育つ場所に迫る危機とは?
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2026年5月22日です。
アカシュモクザメの繁殖方法
本題に入る前に、アカシュモクザメというサメについて、繁殖の部分を中心におさらいしておきます。
アカシュモクザメ(Sphyrna lewini)は、メジロザメ目シュモクザメ科シュモクザメ属に分類されるサメです。
一般的には単に「シュモクザメ」や「ハンマーヘッドシャーク」とだけ紹介されることが多いですが、実は約10種ほどの仲間がいます。今回の主役であるアカシュモクザメは、日本近海で最もポピュラーに見られるサメで、水族館に展示されているのもほとんどがアカシュモクザメです。
日本人にとって最も馴染みのあるシュモクザメなわけですが、その個体数は世界的には激減しているとされており、IUCNレッドリストではCR(近絶滅種)という評価を受けています。

アカシュモクザメは胎盤を作る胎生のサメ
そんな絶滅危惧種であるアカシュモクザメを守っていくためには、彼らの繁殖について理解をする必要があります。
アカシュモクザメを含むシュモクザメ類は胎生のサメで、自由に泳ぎ回れる状態で母胎から幼魚が産み落とされます。
母胎体内にいる間、幼魚は卵黄の栄養だけでなく、臍の緒を通して母ザメから直接栄養をもらって成長します。
そのため、生まれたばかりの幼魚はまだ臍の緒の跡が体に残っており、後に説明する研究では、この跡(臍帯痕)の状態が新生児かどうかの区別に用いられました。


アカシュモクザメの保育場
そしてアカシュモクザメの成魚は沿岸の浅い海で出産を行い、生まれた幼魚は一定期間、浅瀬で過ごすことが分かっています。
今回の研究の焦点は、母胎内で育った赤ちゃんが出産されて育つ場所、保育場です。英語ではnurseryと呼びます。
「保育」という言葉の響きから、どうしても子育てをする場所を連想してしまいそうですが、基本的にサメは子供を産みっぱなしにし、子育てはしません。あくまで子供が出産され、一定期間育つ場所だと思ってください。
もっとも、幼魚がいるだけで保育場というわけではなく、以下のような条件を満たしている場所が、保育場とされます。
- 他の地域よりも高い頻度で幼魚に遭遇する
- その動物が長期的に滞在したり帰ってきたりする
- 何年にもわたってその動物に使用されている
論文内の記載「(1) higher encounter frequency than that in other areas, (2) extended residence or return, and (3) repeated use across years.」を意訳。元はHeupel et al. (2007) に基づく。
アカシュモクザメの保育場はアメリカ大陸やオーストラリアなどで報告されてきましたが、日本を含む北西太平洋では、これまで科学的に確認されたことはありませんでした。
今回発表された研究では、有明海が保育場としての条件を満たしているのか?どのように機能しているのか?などが調べられたというわけです。
有明海の奥部はアカシュモクザメの保育場
では、どのような研究が行われ、どんなことが分かったのか、論文の内容を元に紹介していきます。
研究に使われたサンプルやデータ
調査対象は2006年から2024年までの約19年間にわたって漁業、またはエイの駆除活動で混獲された、合計1,167個体のアカシュモクザメです。
これらのサンプルは有明海の他、有明海から出た西九州の海、玄界灘、足摺岬で漁獲されたものです。有明海についてはさらに、奥部と湾口に近い区域に分けて分析がされました。
研究チームはアカシュモクザメのサンプルについて、以下のようなデータを収集および分析しました。
- 体の大きさ
- 出現する時期
- 臍帯痕への状態
- 椎体をもとにした推定年齢
- 栄養状態(胃の中身や肝臓)
- 水温や塩分などの環境データ
このようにして「どの年齢のアカシュモクザメが、どんな状態で、どの海域のどんな環境にいるのか」が徹底的に調べられました。
有明海は保育場の条件を満たしている
では、結果として有明海は保育場としての条件を満たしていたのでしょうか。
まず条件の一つ目「他の地域よりも高い頻度で幼魚に遭遇する」について。
臍帯痕の状態から新生仔とされる個体は、有明海およびそこから出てすぐの橘湾でのみ確認され、最も多く出現したのは有明海でした。
次に二つ目の条件「その動物が長期的に滞在したり帰ってきたりする」について。確かに生後3〜6か月で湾外へ移動するサメもいましたが、最長で2歳まで湾内に留まる個体が確認されていました。
最後の条件「何年にもわたってその動物に使用されている」について。先に触れた通り、この研究は19年間にわたってアカシュモクザメを解析しており、その期間毎年、有明海の奥部で0歳の個体が確認されてきました。
以上の通り、有明海は先に挙げた条件を満たしていることから、アカシュモクザメにとって重要な保育場であると言えそうです。
なぜ有明海の奥部が保育場として機能するのか?
有明海の奥部がアカシュモクザメの保育場になっている理由として、捕食者に食べられにくい環境であるということが挙げられるかもしれません。
今回の研究データを基にすると、有明海で産まれるアカシュモクザメの大きさは44.3~58.1cmです。魚類全般として見ればかなり大きいですが、他の大きなサメなどであれば食べてしまうことがあります。
実際に有明海の湾口部や西九州の海で漁獲されたアカシュモクザメのオスの胃から、消化された同種の幼魚が確認されています。
このように、産まれたばかりの幼魚は捕食者の脅威にさらされるわけですが、研究チームは、有明海奥部の塩分や透明度の悪さが、こうした脅威から赤ちゃんを守っている可能性があるとしています。
有明海で0歳個体が採集された時の塩分が25.9〜32.8だったのに対し、1歳以上の個体はだいたい30以上と、それよりも高い場所での採集され、水温の差はありませんでした。
また、有明海は潮の流れの関係で底に堆積した泥が巻き上がり、濁りやすい環境です。河口付近では透明度が0.1mまで下がります。
つまり、幼魚を捕食する大型個体などは入ってきづらい、あるいは入ってきたとしても見つかりにくい環境であるため、保育場として機能している可能性があるわけです。
余談ですが、有明海湾口部の出産場所とされる場所において、延縄漁で捕まる成魚はオスばかりだそうです。このことから、出産間近のメスは自分の赤ちゃんを食べないように、エサを取ること自体を控えていると思われます。
混獲される幼魚という問題
アカシュモクザメの保育場が明らかになると同時に、その保育場の問題も見えてきました。
エイの駆除で混獲されるアカシュモクザメの赤ちゃん
有明海ではアサリなどの水産資源を食べてしまうとして、ナルトビエイ(Aetobatus narutobiei)というエイの仲間の駆除活動が行われています。

今回の研究で得られたデータを基にすると、この駆除活動で年間平均9,700尾を超えるアカシュモクザメの幼魚が混獲されていると推定されます。
しかもこれはエイの駆除活動だけの数値です。通常の商業漁業の分も含めれば、実際にはさらに多くの幼魚が混獲されていることになります。
ハワイの生産性を超える数の幼魚が犠牲に?
数字だけ出されても多いのか少ないのか判断しづらいと思うので、別の保育場のデータを見てみましょう。
過去に米国ハワイ州にあるカネオヘ湾において行われた研究では、毎年出産されるアカシュモクザメの数は約7070尾と推定されています。
つまり、有明海が少なくともカネオヘ湾以上の幼魚が生まれ育っている本種にとって極めて重要な保育場であり、同時にカネオヘ湾の保育場一個分の生産性をはるかに超える幼魚が漁獲されてしまっている場所、ということになります。
アカシュモクザメに限らずサメ類は子供を産む数が少なく、産まれた子供が成熟するまでに時間もかかるため、こうした幼魚の混獲は深刻な問題です。
付け加えれば、これだけアカシュモクザメの幼魚を混獲しているナルトビエイの駆除について、ナルトビエイ自体が絶滅危惧種であり、さらにナルトビエイの小型化や個体数減少が示唆されるのにアサリなどの資源は回復していないという問題を抱えています(詳しくはコチラ)。
有明海のアカシュモクザメどうやって守るのか?
では、アカシュモクザメおよびその保育場をどう守るべきか?論文の内容をもとに、僕なりの意見を交えて紹介していきます。
混獲の削減努力
まずはシンプルにアカシュモクザメの混獲を減らすというものです。
今回の研究で得られたデータは、アカシュモクザメは5月~6月あたりに有明海で出産され、その後幼魚たちは奥部に移動して一定期間過ごしていると示しています。
そのため、例えばこの時期のエイ駆除活動を禁止したり、妊娠個体のメスも捕まる恐れがある漁法を制限する、などの対策が有効かもしれません。
またナルトビエイの駆除については先程も触れた通り、そもそも駆除活動を継続すべきなのかどうかも含めて精査することも重要だと考えています。
混獲後の速やかな放流
もちろん混獲を防ぐにしてもゼロにはできませんから、捕まえてしまった後に逃がすことも重要です。
研究チームは論文の中で以下のように述べ、混獲後の死亡率を下げることの重要性を主張しています。
Although no estimates exist for the Ariake Bay, field observations indicate that when fishing gear immersion times are minimal, prompt release allows individuals to swim away actively.
(有明海で行われた推定値は存在しないが、野外調査では、漁具に捕まっている時間が最小限であれば、迅速なリリースをすることでサメは活発に泳ぎ去っていくことが示唆された)
『Ecological function of the Ariake Bay as a scalloped hammerhead shark (Sphyrna lewini) nursery in the northwestern Pacific』より引用。冒頭の「estimates」は、この文より前にあるリリース後の死亡率を指す。
もちろん、定置網でまとまって獲れた中からサメだけ迅速に分けてリリースなんてことは無理でしょうから「漁法や状況による」という話にはなるでしょう。
それでも、例えば他の漁法や一般人の釣りにおけるリリース方法を確立および普及するだけでも、対策の一つにはなると思います。
漁獲データや環境変化の監視
直接的に守る行動以外にもデータを蓄積していくことも重要です。
先程、商業漁業で混獲されるアカシュモクザメの数には言及しませんでしたが、実は公的な統計データがそもそも不足しており、明言できない状況です。
そもそも獲りすぎなのか?獲りすぎならどう改善していくか?という点を議論していくためにも、行政に漁獲データの収集を求めるべきですし、今回の研究のようにデータを集める取り組みがあれば資金援助などの形で応援していくの良いかもしれません。
また、環境に関するモニタリングも大切です。
例えば開発などの要因で有明海の塩分や透明度、あるいは流れ込む栄養に変化が起きた場合、保育場としての機能に影響が及ぶリスクがあります。
サメを守る話になるとサメの命を奪うことがいかに良くないことかアピールする人が多いのですが、こうした目に見えない環境変化にも注意する必要があると思います。
サメ=厄介者というイメージの是正
これは論文の内容から少し外れますが、アカシュモクザメの混獲という点で今回の研究にも関係する内容だと思うので話をさせて欲しいです。
サメの駆除や混獲についてメディアが取り上げる際、いかに漁業者が困っているかばかりが強調され、そしてその解決策として食用利用が紹介されるというお決まりのパターンがあります。
有明海と同じ九州の大分県や宮崎県で駆除または混獲されたサメ類についてマスコミに報じられた際は、サメは”関さばを襲う「邪魔者」”や”漁場を荒らすやっかいもの”とされ、いかにそれを食品として有効利用するかが紹介されていました。
大分のサメ被害と活用をかいせつする動画はコチラ↓
もちろん漁業者にとってサメが問題になることはありますし、獲れてしまったサメを有効利用すること自体を否定するつもりはありません。
しかし、駆除に効果はあるのか?そもそも駆除すべきなのか?混獲を減らす方法はないのか?こうした議論ももっと活発になるべきです。
今回紹介した論文の著者の一人である山口教授は、長崎大学のHP内で以下のようにコメントされています。
サメは日本では“厄介もの”と見られる傾向がありますが、駆除すべき厄介ものだと科学的に証明された例はありません。それよりも、生態系の頂点に立つ捕食者として、水産資源を含めた生態系のバランスを保つ重要な役割を担っています。サメがいなくなると食物網のつながりが絶たれます。そして、知らず知らずのうちに生態系の安定性が失われ、一見関係なさそうな水産資源の減少や特定の種の増加など、思いもよらぬ変化を引き起こす可能性があるのです。
『有明海奥部が絶滅危惧種アカシュモクザメの「保育場」と判明 —北西太平洋で初の科学的確認、19年間に1,167個体の解析で明らかに—』より引用
このようなことが社会にもっと理解され、調査研究・保全活動にもっと予算をつけてもらうべきです。そしてマスメディアがそれを促してくれないなら、僕たちで少しづつでもやっていく必要があるでしょう。
サメは漁業の厄介者と敵視するのではなく、サメも含めた海の生態系全体を保全し、その結果として漁業も恩恵を受けるにはどうすればいいか?どう協力し合うべきか?そのような報道や議論の方が、より価値があると僕は思います。
まとめ
今回はアカシュモクザメの保育場としての有明海について解説をしてきました。
有明海が国際的な基準を満たす、本種にとって重要な保育場であること、その保育場で幼魚が数多く混獲されていることを理解したうえで、どうすれば彼らを保全できるのか。これをきっかけに考えて頂ければ幸いです。
参考文献
- Atsuko Yamaguchi, Yoshimi Ogino, Kojiro Hara, Masayuki Nakamura, Mao Watanabe, Keisuke Furumitsu『Ecological function of the Ariake Bay as a scalloped hammerhead shark (Sphyrna lewini) nursery in the northwestern Pacific』2026年
- 朝日新聞『関さばを襲う「邪魔者」サメ、食べたら美味だった バーガーや給食に』2026年
- 長崎大学『有明海奥部が絶滅危惧種アカシュモクザメの「保育場」と判明 —北西太平洋で初の科学的確認、19年間に1,167個体の解析で明らかに—』
- 宮崎放送『漁場を荒らすやっかいもの「サメ」がおいしい「フィッシュバーガー」に 川南町とホテルレストランが協力』2025年
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