2023年12月、非常に面白い狩りをする珍しいサメが高知県室戸市の定置網で捕獲されました。
そのサメの名前はダルマザメ(Isistius brasiliensis)と言います。
サメ好きの間では割と有名ですが、実物を生で見たことあるって人はかなり少ないと思います。それくらい激レアなサメです。
高知で捕獲されたダルマザメの映像はコチラ↓
「達磨」という年始の時期に相応しいおめでたい名前がついているこの深海ザメは、獲物の肉を鋭い歯でえぐり取るという恐ろしい一面を持っています。
- ダルマザメはどんなサメなのか?
- どんな風にエサを食べるのか?
- ダルマザメは人間にとって危険なのか?
今回は激レア深海ザメ、ダルマザメの特徴や生態、過去に起こった事故などを解説していきます。
解説動画:肉をえぐり取りシャチや潜水艦も襲う?ダルマザメの面白過ぎる生態を解説!【深海ザメ】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2024年1月11日です。
ダルマザメの特徴や生息域
ダルマザメはツノザメ目ヨロイザメ科ダルマザメ属に分類されるサメです。
世界中の熱帯や亜熱帯海域に分布し、日本では南西諸島や小笠原諸島、伊豆諸島などで確認されています。
その大きさは全長31cm~44cmほど。これまで記録された最大のメスも全長56cmという、かなり小型のサメです。
世間的に想像されるサメは飛行機の翼を思わせるヒレがついた流線形だと思いますが、ダルマザメは各ヒレが小さな円筒形で、飛行機というよりそれが発射するミサイルに近い体型をしています。
主な見分け方をまとめると以下の通りです。
ダルマザメの英名は後でも触れる通り「Cookiecutter shark」が主流ですが、この見た目が葉巻に似ていることからCigar shark(葉巻ザメ)と呼ばれることもあります。
そんなダルマザメはいわゆる深海ザメで、外洋の海(特に島の近く)などに生息しています。
これまで捕獲された水深や時間などを考えると昼間は水深のかなり深い場所で過ごし、夜になるとエサを食べるために表層まで上がってくる、日周鉛直移動をするサメだと思われます。
ちなみに一番深いところでは水深3700mの記録があります。
しかし、捕獲された事例が非常に少なく、標本ですら限られた水族館および博物館でしか見られない、非常に希少なサメです。
なお、ダルマザメ属の仲間には他にコヒレダルマザメ(Isistius plutodus)という種がおり、以下のような違いで見分けることができます。
- コヒレダルマザメには喉の部分や尾鰭に濃い色の模様がない。
- コヒレダルマザメの歯はダルマザメよりも大きく数が少ない。
- コヒレダルマザメの第二背ビレは基底部分が第一背ビレの約2倍もある。
肉をえぐり取るダルマザメの捕食方法
ダルマザメは英語でCookiecutter shark(クッキーカッターシャーク)と呼ばれています。
某セサミストリートに出てきそうなこの可愛らしい名前は、彼らのエサの食べ方に由来しています。
このイルカの写真を見てみると、体に丸形の傷があるのが分かります。これがダルマザメの噛み跡です。
彼らはこのように、大きな動物の体から肉をえぐり取ることができるのです。
ではどうやって自分の何十倍も大きい動物から肉を噛み切るのでしょうか?
ダルマザメの口や歯の特徴
ダルマザメの口には分厚い唇があります。ほとんどのサメにこのような唇はありません。
そして唇に隠れた顎と歯を見てみると、上下で大きさが異なる歪な形の顎に、これまた上下で異なる形状の歯が並んでいます。
上顎歯は棘のような細長い歯が沢山並んでいて、下顎歯は先が綺麗な三角形の大きな歯が並んでいます。
また、ダルマザメの舌は非常に大きく、その舌を引っ込める筋肉が腹筋にまでつながっていてかなり発達しています。
ダルマザメの捕食イメージ
これらの情報をもとに提唱されている、ダルマザメの捕食方法について最も有力な仮説は以下の通りです。
ダルマザメは泳ぎ回る大型魚などにを見つけると、下顎を思いっきり下げ、上顎の歯が前に突き出た状態で獲物に突っ込みます。
上顎歯が突き刺さったらそのまま下顎歯も突き刺し、まるでキスをするように厚い唇を獲物の体に押し付けます。
この時に大きな舌をグイっと後ろに引っ張ることで中に陰圧が生まれ、ダルマザメは吸盤でくっついたように獲物から離れなくなります。
吸着が完了したダルマザメはそのまま体を思いっきりねじり、顎をぐりっと回転させます。
下顎歯を獲物の肉に喰いに食い込ませて半回転することで、そのまま半球状の肉を食い千切ります。
ダルマザメが捕食をしている様子が映像で記録されたり詳細に分析されたことは一度もありませんが、体の仕組みや残されている傷跡などを考えると、以上の説が現状最も説得力があるのかなと思います。
ダルマザメはどんな獲物を襲っている?
ダルマザメ自体が見つかることは珍しいのに対し、ダルマザメの噛み跡は様々な動物で見つかっています。
これまでマグロやカジキ、メガマウスザメ、ジンベエザメ、アザラシ、オットセイ、イルカ、シャチなどの体でダルマザメ特有の丸い噛み跡が残っていたという記録があります。
傷自体は痛々しいものの、ダルマザメの噛み跡が致命傷になることは無いようです。
他にも、ダルマザメが原子力潜水艦に使われていたゴムカバーを噛み千切ってしまったり、オーストラリアのケアンズから800km沖合を進んでいた双胴船がダルマザメに複数の穴を開けられて沈没しそうになったという事例があり、ダルマザメは無生物にも見境なく噛みついてきます。
ただし一応補足しておくと、ダルマザメは常に大型動物の肉を噛み千切っているわけではありません。
ダルマザメの体内から15~30cmほどと思しきイカ類が発見されたことがありますし、ハワイのダルマザメの安定同位体、脂肪酸、そして環境DNA等を調べた研究によれば、ダルマザメは小さな動物も多く食べていることが判明しています。
ダルマザメは光で獲物を誘き寄せているのか?
ダルマザメは食事方法がユニークなだけでなく、発光器を持つという面白い特徴があります。
ダルマザメの体は全体的に茶色っぽいものの、お腹側の色はやや白っぽくなっています。
肉眼での確認は困難ですが彼らはここに発光器を持っており、暗闇で緑色っぽい光を放つことがあります。
発光器について一部の専門家は、「光を使って大型動物を誘き寄せている」という仮説を提唱しています。
お腹側の光を調整することで大型魚などにエサがあると思わせ、それを狙ってきたところで肉を噛み千切るというわけです。
非常に興味深い仮説ですが、正直僕はこの説に懐疑的です。
自分が普通に食われるリスクが高い
腹部に発光器があるということは自分より深みにいる捕食者にアピールすることになります。
その場合、底の方の暗がりに紛れることができる捕食者の方がポジション的にかなり有利です。
したがって、余程上手いこと回避しないとダルマザメ自身が普通に食べられてしまいます。
ダルマザメの作る疑似餌は魅力的なのか?
諸説ありますがダルマザメは恐らく群れを作らずに単独で行動するサメです(一部まとまった数が捕れたとする報告もあり)。
ダルマザメほど小さいサメが単独でアピールしたところで、大きなサメやクジラなどにとって魅力的なエサに見えるのか?かなり疑問です。
ダルマザメ以外のサメも発光器を持つ
発光器を持つサメはダルマザメだけではありません。
ダルマザメと同じくヨロイザメ科に属するコビトザメ類やカラスザメ科のサメたちも発光器を持っています。
しかし、彼らはダルマザメのようなエサの取り方をしません。
以上3点の理由から、ダルマザメが発光器を疑似餌に利用しているという説は、もう少し証拠や検証が必要なものだと考えています。
発光器で自分の影を消している?
では何のための発光器かと言えば、カウンターイルミネーションのためだという説が妥当だと思います。
腹部の発光器の光を調節することで自分の影を消し、捕食者に見つかりにくくするという行動で、ムネエソとかハダカイワシなど他の深海魚でも用いられています。
ただし、小さくて動きも速くなさそうなダルマザメがどうやってマグロやイルカなどの高速遊泳する動物たちの肉を噛み千切っているのか?詳しいことは分かっていません。
そのうち「やはり発光器を狩りに使っていた」と示す新たな証拠が見つかる可能性もあるので、今後の研究に注目ですね。
ダルマザメは人間にとって危険なのか?
先に紹介した通りダルマザメは深海に生息するサメであり、浮上するとしても基本的に夜なので、人間と遭遇することは非常に稀です。
しかし、かなり少ない件数ではあるものの、ダルマザメによるシャークアタックの記録があります。
ハワイで起きたダルマザメのシャークアタック
代表的な事例が2009年3月16日米国ハワイ州で起きた事故です。ハワイ島のウポル岬からマウイ島のカウポに向かって遠泳をしていた61歳の男性が、ダルマザメに噛まれる事故が起きました。
時刻は日没後の夜、男性は直線距離上の中間地点よりややハワイ島側を泳いでいるところで胸のやや下の部分に強い痛みを感じます。
男性が噛まれた座標位置↓
男性の証言によれば、狭い範囲を刺されたようなピンポイントの痛みで、最初はゴマモンガラに噛まれたと思ったそうです(モンガラカワハギ科の魚で、繁殖期のメスはサメより怖いと言われるほど気性が荒くなります)。
すぐ近くに遠泳のサポートをするカヤックがいたので、男性は助けを求めて水から上がろうとしましたが、そのわずか15秒ほどの間に今度は左ふくらはぎを噛まれてしまいます。
傷跡は胸の方が直径5㎝ほど、ふくらはぎの方が直径10㎝ほどで、どちらも丸形に肉がえぐり取られていました。幸いなことに男性の命に別状はなく、9か月後には傷もほとんど治癒しました。
これ以前にもダルマザメが既に亡くなっている方の遺体の肉を噛み千切った事例や、船が沈没して海に投げ出された人がダルマザメと思しき生物に噛まれた記録はありましたが、この2009年の事故は初めて学術的に記録された生きた人間に対するダルマザメのシャークアタックでした。
なお、この他にもハワイ州では2019年にオワフ島とモロカイ島の間を遠泳していた方がダルマザメに噛まれるという事故が3件報告されています。
ダルマザメに噛まれた状況
これらの事故は基本的に、最大水深が非常に深い沖の海を夜間に泳いでいるという、かなり特殊な状況下で起きています。
事故の報告をまとめた研究者によれば、遠泳の付き添いをしていたボートやカヤックの明かりにイカ類などの小さな生物が集まり、それを狙って浮上してきたダルマザメが人間を噛んでしまった可能性があるとのことです。
とはいえ普通にマリンスポーツなどをしていてダルマザメに肉を失敬される確率は限りなくゼロに近いです。
ハワイの遠洋大会に参加しようという方以外はダルマザメを脅威に感じなくてよいと思います。
参考文献
- Aaron B. Carlisle, Elizabeth Andruszkiewicz Allan, Sora L. Kim, Lauren Meyer, Jesse Port, Stephen Scherrer, John O’Sullivan『Integrating multiple chemical tracers to elucidate the diet and habitat of Cookiecutter Sharks』2021年
- ABC News(Jameela Timmins)『How a 40cm cookiecutter shark deflated a 9-metre catamaran off the coast of Cairns』(2024年1月12日に閲覧)
- Florida Museum of Natural History『Isistius brasiliensis』(2024年1月12日に閲覧)
- Jose I. Castro 『The Sharks of North America』 2011年
- Randy Honebrink, Robert Buch, Peter Galpin, George H. Burgess『First Documented Attack on a Live Human by a Cookiecutter Shark (Squaliformes, Dalatiidae: Isistius sp.)』2011年
- Victoria A. Scala, Karen Ng, Jason Kaneshige, Sho Furuta, Michael S. Hayashi『Cookiecutter Shark-Related Injuries: A New Threat to Swimming Across the Ka‘iwi Channel』2021年
- 仲谷一宏 『サメ ー海の王者たちー 改訂版』2016年
- 沼口麻子『ほぼ命がけサメ図鑑』2018年
コメント