今回ご紹介するのは、サメ好き・深海魚好きの間でも人気のメガマウスです!
漁獲されるだけでメディアで取り上げられ、地震の前触れとされることもある巨大ザメ・・・。
いまやホホジロザメやジンベエザメと並ぶくらい有名になったと思いますが、果たして実際どんなサメなのか?何がそんなに珍しいのか?よく分かっていない方も多いはずです。
今回はメガマウスの生態や巷で噂の都市伝説について解説していきます!
解説動画:幻の深海ザメ?地震とも関連?メガマウスを解説!
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2020年4月12日です。
メガマウスはどんなサメ?
メガマウスとはそもそもどんなサメでしょうか?
そもそも標準和名は「メガマウスザメ」なので本来はそう呼ぶべきですが、このページは図鑑ではないため、愛称として広まっている”メガマウス”と呼んで解説を進めます。
メガマウスはネズミザメ目というグループに分類されるサメです。ただ、同じネズミザメ目のホホジロザメやアオザメなどとはだいぶ異なった見た目をしています。
丸みを帯びた大きな頭のせいで全体のシルエットは少しオタマジャクシに似ています。その頭には大きな口がついていて、これが「メガマウス」という名前の由来になっています。そして大きい頭の中でもつぶらな瞳がチャームポイントです。
全長4~5mになる大型のサメで、大きいものだと6m以上になりますが、ホホジロザメなどに比べるとユーモラスな印象があります。
こうした見た目の面白さも珍しいとされる要因だと思いますが、メガマウスの最も驚くべき点は、かなり最近になって急に見つかった巨大ザメということです。
メガマウスの発見
メガマウスは1976年11月15日、ハワイのオワフ島沖の海で突然発見されました。
米国の調査船がパラシュート型アンカーというコウモリダコのような船の錨を引き上げた時、全長4.5mの見たこともないサメが絡まっていました。
これだけでも衝撃的ですが、注目すべきはこのアンカーを下ろしていた水深が165mと割と浅めだったことです。
165mはダイビングするにはだいぶ深みですが、漁師さんや調査員からしたら未知の領域でもなんでもありませんでした。にもかかわらず、未知の巨大生物が突然見つかったんです。
今でこそ当たり前のように「メガマウスというサメがいる」と僕たちは認識していますが、当時はネッシー発見くらいの騒ぎだったと思います。
正式に新種記載されるまで諸事情あり時間がかかってしまいましたが、それよりも先にマスコミが大々的に報道するなどして一気にこのニュースが広まり、この道のサメは”でっかい口のサメ(メガマウス)”として知れ渡ることになりました。
後に新種記載された際もMegachasma pelagios(海のデカい口)という学名がつけられています。
補足すると、新種が発見されること自体はそこまで珍しいことではないです。昆虫や小さなエビの仲間などは未だに新種がたくさん発見されています。
しかし、メガマウスは”圧倒的にデカい”という点で、そうした生物とは大きく異なります。
いくら神秘に満ちた広い海とはいえ、全長5m級の巨大生物が1970年代になって初めて浅い海で見つかったというのは衝撃的です。
さらに興味深いことに、最初の発見以降メガマウスは世界各地で記録されるようになりました。
論文記載された1983年の翌年にはカリフォルニアで漁獲され、そのあともオーストラリア、日本の静岡県で立て続けにメガマウスの姿が確認されました。
さらに1994年11月、福岡県の砂浜に座礁しているメガマウスが発見されます。これが世界で初めて確認された雌のメガマウスでした。
福岡県で発見されたメガマウスは現在も標本液浸標本としてマリンワールド海の中道に展示されています。
その後もメガマウスの発見は続いていますが、依然として珍しくて分からないことだらけのサメであることは間違いないです。そのため、メガマウスは未だに「幻の深海ザメ」的な扱いで人気が高い生物です。
そんな謎が多いメガマウスですが、発見が続くにつれて解明されたこともいくつかあります。
メガマウスは何を食べているのか?
メガマウスはジンベエザメと同じくフィルターフィーダーだとされています。
つまり、大きな口に海水ごと入った餌をエラで濾しとって食べる、濾過食を行うサメです。
メガマウスの胃の中からはこれまで小さなエビなどのプランクトンが見つかっています。
また、濾過食のサメはエラにある鰓耙(サイハと読みます)という突起物で獲物を濾しとって食べていますが、メガマウスのエラにも鰓耙があります。
ただし、ジンベエザメやウバザメと比べると鰓耙の突起の一本一本が大きく、まるでバスマットみたいです。
メガマウスの食事で興味深いのは、彼らの上顎の骨や顎を前に押し出す筋肉が非常に発達していることです。そして喉の皮膚にはしわがあり、引っ張るとゴムのように伸び縮みします。
これまでメガマウスの詳細な食事シーンが記録されたことはないですが、恐らく彼らはプランクトンの群れに口を開けて近づき、水圧で大きく広がった口に海水ごとプランクトンをおさめて、鰓で濾しとって食べるというような食事をしていると思われます。
余談ですが、水族館などに展示されているメガマウスは口を飛び出させた間抜けな怪物のような顔をしていることが多いですが、あれは口を広げた姿です。メガマウスはこの顎が飛び出た状態か水揚げされた時のグシャっとした見た目の画像ばかりが出回りますが、水中ではもう少しシュッとした顔をしています。
ホットスポットはアジア?
メガマウスは最初の発見以降、世界の熱帯、温帯地域で次々に確認されています。
特に捕獲数が多いのが日本、台湾、フィリピンなどです。
これは必ずしもこの近くにメガマウスが沢山いるというわけではなく、メガマウスを混獲するような場所に定置網を仕掛ける漁業が、これらの地域で盛んなだけという可能性もあります。
いずれにしても、日本にいればメガマウスに会えるチャンスは比較的高いのかもしれません。
実は深海ザメではない?
メガマウスはテレビやネットで「深海ザメ」として取り上げられることが多いですが、果たして本当にそうでしょうか?
そもそも「深海ザメ」という言葉の定義があいまいで生物学的にはっきりした概念ではないですが、仮に「一般的に深海と呼ばれる深さである水深200mより深みで主に行動するサメ」とします。
メガマウスをトラッキング調査した結果、昼と夜で違う深さにいることが分かりました。夜は水深12~27mほどの表層にいて、昼になると水深120~160mに潜ることが分かりました。
少なくとも今わかるデータを見る限りは、メガマウスは「深海ザメ」と呼ぶには浅すぎる場所を泳いでいるようです。
また、福岡で発見されたメガマウスの肝臓を調べたところ、メガマウスの肝油成分は表層性のサメと似ていることが明らかになりました。
鰾(ウキブクロ)のないサメにとって肝臓は浮力を調整するために重要な役割を果たします。
これらの情報だけで断定はできませんが、メガマウスを「深海ザメ」として紹介するのはちょっと考えものかもしれません。
メガマウスの繁殖について
これまでの記録から、メガマウスの成熟サイズは恐らく4.5~5m程度だと思われます。
メガマウスは先述の通りネズミザメ目の仲間で、生殖器官の特徴もウバザメなどに似ていることから母胎依存型の卵食タイプである可能性が高いです。
つまりお腹の中で他の卵や兄弟を食べることで成長するサメということです。
しかし、これまで妊娠したメガマウスが学術的に調べられたことはなく、はっきりしたことは分かっていません。
2m以下の小さい個体が見つかったり、鴨川シーワールドで解剖された個体から卵殻が発見されたりはしているので、繁殖については今後の新発見に注目です。
メガマウスは地震の前触れなのか?
「メガマウスやリュウグウノツカイなどの魚が表層に現れるのは地震の前触れ」という都市伝説が人気で、オカルト好きの間で話題になったりします。
これに関して勝手に盛り上がるのは自由ですが、因果関係は立証されておらず”偶然の一致”や”こじつけ”の域を出ないと思います。
僕もメガマウスの出現と地震の関連性を強く主張する人のブログを読みましたが、地震が震度1~3(ほとんど毎日起きている)のものや、メガマウス目撃場所と地震発生場所が大幅に離れている、または目撃から発生までの期間が1か月以上も空いている事例も多く、相関関係があるのかすら疑問でした。
日本は地震が頻繁に起こる国で、他国に比べるとメガマウスの目撃や漁獲も多いため、メガマウスがどこかで確認された直後に地震が起きてもそこまで奇妙ではありません。
因果関係が説明されない限り、血液型占いなどと同じ低程度レベルのニセ科学と言えます。
何故メガマウス目撃は急に増えた?
メガマウスは分からないことが多いサメですが、一番の謎は「何故急に発見が増えたのか?」かもしれません。
先ほど述べた通り、ここまでデカい動物が20世紀になるまで全く発見されなかったというのは不可思議に思えます。
例えば、ホホジロザメやジンベエザメなどは生態について分かっていないことは多くても存在自体は昔から知られていました。
ホホジロザメの学名は「Carcharodon carcharias (Linnaeus, 1758)」です。18世紀にリンネが分類学の基礎を作った時点でホホジロザメはとっくに確認されていたようです。
もちろん、大きい動物でも「今まで同種だと思われていましたが、よく調べたら実はこのグループAとこのグループBは別種でした!」みたいなことはあります。これでグループBが新種記載されれば、存在自体が前から世間に知られていても「新種発見」になります。
しかし、メガマウスのように今まで誰も見たことがない、完全に新しい巨大生物の新種が発見されるというのは相当珍しいケースです。
そしてさらに不思議なのは、一度漁獲されてから一斉に目撃され始めたことです。
もし個体数が少なすぎて今まで見つからなかったとしたら、何故今はどんどん見つかるのか?そしてなぜ今なのか?
これに関しては色々な説があります。
今までも発見されていたが注目されなかっただけ説
例えば、「昔の人はメガマウスの存在を知っていたけど記録されなかった」というものです。
実際に食べたことがある方によれば、メガマウスの肉をてんぷらや唐揚げ、ムニエルなど様々な料理にして試食したところ、どれも水っぽくて不味かったそうです。
もちろん今後何か活かせる要素が見つかる可能性はありますが、商用的利用価値は低いと思います。
また、カメラを持つ人が増えてテレビやネットが発達したので、それで報告事例が増えたのではないかという意見もいます。メガマウスが増えたのではなく、メガマウスを記録して見つける人が増えたという主張ですね。
ただ、個人的にこれらの考え方には納得できていません。
小さい魚ならともかく、メガマウスのように巨大な生物がこれまでに捕まっていれば、学術的にサメとして新種記載されるかはともかく、珍しいクジラなどの動物として何かしら記録に残っているのではないでしょうか・・・。
例えば、「海坊主の正体はメガマウスだった」ということはあり得るかもしれませんが、「巨大な口を持つ5mの魚」という姿という姿で認識されたのは20世紀になってからだと思います。
捕食者や競合相手が減少した説
この謎の真相はまだ分かりませんが、長年サメの研究に携わってきた田中章先生が興味深い仮説を紹介しています。
それは、「メガマウスが目撃されるようになったのは、これまでなんらかの形でメガマウスをおさえていた動物が減ったことが原因かもしれない」というものです。
メガマウスは巨大なサメなので天敵はそう多くないと思いますが、あまり素早いようにも思えないので、ホホジロザメやハクジラ類などの動物が襲うことはあると思います。
また、メガマウスはプランクトンをたくさん食べるサメなので、同じくプランクトンを食べる巨大ザメのウバザメとは獲物を競い合う関係にあります。
しかし、ウバザメは乱獲されて各地で数を減らしてしまい、他の大型サメ類も多くが絶滅の危機に瀕しています。大型鯨類については種によって異なりますが、一部はやはり乱獲により絶滅危惧種となりました。
因果関係が証明されていないため推測でしかありませんが、クジラや大型サメ類が人間によって激減したため、結果的にメガマウスの個体数や行動パターンが変わって人間に頻繁に目撃されるようになったのかもしれません。
メガマウスという魅力的なサメの存在を知れたことは喜ばしいです。
しかし、彼らの出現が何を意味しているのか?
僕たちの海は大丈夫なのか?
そんなことを考えるうえでも、今後のメガマウス研究には注目していきたいですね。
参考文献
- 田中彰 『深海ザメを追え』2014年
- 仲谷一宏 『サメ ー海の王者たちー 改訂版』2016年
- 仲谷一宏 『サメのおちんちんはふたつ―ふしぎなサメの世界』2003年
- 矢野和成(編集) 『Biology of the megamouth shark』1997年
※本記事は2022年3月までにWebサイト『The World of Sharks』に掲載された記事を加筆修正したものです。
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