聖母マリアという名前は、ほとんどの人がご存知だと思います。
ざっくりと紹介すると、相手の男性がいないのに妊娠してかの有名なイエス・キリストを産んだとされている女性です。
もちろん、現実には人間の女性が精子なしで妊娠することはあり得ませんが、サメの仲間で聖母マリアの如き現象が確認されているんです!
今回はサメの処女懐胎、生物学的に言えば単為生殖と呼ばれる現象について解説していきます!
解説動画:父親なしでシュモクザメが出産?無性生殖とは違う?サメの処女懐胎を解説!【単為生殖】【繁殖】【ウチワシュモクザメ】
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2020年5月2日です。
ウチワシュモクザメの処女懐胎
最初にサメで単為生殖が確認されたのは、ウチワシュモクザメというシュモクザメの仲間でした。
2001年12月14日、米国ネブラスカ州のヘンリードリー動物園で展示されていた3匹のウチワシュモクザメのうち1匹が、水槽内にメスしかいないにも関わらず出産しました。つまり、交尾する相手がいないにもかかわらず子供を作ったことになります。
これにより、「この出産された個体はオスの精子を使わずにメスだけで産んだ子ではないか?」という疑惑が浮上しました。
しかし、これだけで単為生殖だと断定することはできません。実は、オスがいない水槽でサメが子供を産むケースはこれまでも確認されています。サメのメスは精子を体内に長期間保存できるので、野生下でオスから受け取った精子で子供を作り、水槽内で出産しているだけのケースもあるんです。
しかし、今回のウチワシュモクザメはフロリダで捕獲された時点でまだ未成熟で、オスのいない環境で3年間飼育されていました。
未成熟なら交尾しないでしょうし、いくらなんでも3年間も精子を貯蔵できるとは思えません。こうした事情もあり、彼らの遺伝子が詳しく調べられることになりました。
産まれた赤ちゃん自体は水槽内のほかの魚に食べられてしまっていましたが、一部の組織が残っていたので遺伝子を調べることができました。
その結果、3匹のうち1匹が子供の母親であること、さらにその子供が母親の遺伝子だけ受け継いでいることが判明しました。
単為生殖の事例は爬虫類などでは知られていましたが、哺乳類と軟骨魚類(サメやエイなどの仲間)では確認されていませんでした。
このウチワシュモクザメの出産は、世界で初めて科学的に確認されたサメの単為生殖の記録として知られるようになったんです。
単位生殖とは何か?
サメの単為生殖の事例を紹介しましたが、そもそも単為生殖とはどういう現象でしょうか?
かなり簡単にいえば、単位生殖は「メス単独で子供を作ること」です。僕たちもサメも本来は卵と精子が受精してから発生が始まりますが、単為生殖は卵だけで発生が始まります。
もう少し具体的に説明します。
通常のサメの生殖では、オスがメスの胎内の送り込んだ精子が卵殻腺という場所に保存され、卵殻腺で卵巣から排卵された卵と受精し発生が始まります。
ところが、単為生殖の場合は極体というものが精子の代わりをします。
極体は卵が細胞分裂してできる小さな細胞で本来は何にも使われずに消えてしまうのですが、これが精子のようにはたらいて発生が始まることがあります。極体は元は同じ卵なので、遺伝子は母親由来のものだけになります。
ざっくりですが、これが単為生殖の仕組みです。
単為生殖と無性生殖の違い
単為生殖と似た言葉に「無性生殖」というものがあります。
なんとなく「無性生殖=単為生殖」のように思えてしまいますが、実はこれらは異なった現象です。
無性生殖は「組み合わせを含めて親と同じ遺伝子を持つ子供を作ること」を指します。これがいわゆるクローンです。
一方で、単為生殖はメスだけで子供を作りますが、卵が減数分裂する過程で遺伝子の組み合わせが変わっているので無性生殖ではありません。
以上の理由から「サメはクローンを作る!」という表現は間違いなので、ご自身で発信される方はご注意ください。
単為生殖は異常な現象なのか?
サメの単為生殖について一部の人は「特殊な環境に閉じ込められたが故に発揮した能力」という風に説明されています。
つまり、「オスと出会うことがない限られたスペースの水槽」という野生ではありえない状態のために起きてしまった異常事態だというわけです。
確かに、単位生殖には遺伝子多様性を確保できないというデメリットがあります。
僕たち人間も含め、有性生殖を行う生物は遺伝子を多様化させることができます。それぞれ別の遺伝子をもつ父親と母親が子供を作り、その子がまた別の遺伝子を持つ個体と子供を作ることで、ほとんど無限の多様性を生み出すことができます。
遺伝子多様性が高ければ、気候変動や伝染病などの大きな環境変化が起きても一部がその環境に適応して生き残れる可能性があります。
有性生殖の起源や利点については様々な議論があります。興味のある方は「赤の女王仮説」などのキーワードで調べてみて下さい。
以上の観点から見れば、単為生殖は母親とほとんど変わらない遺伝子の個体を作り出すので、遺伝子をほとんど多様化させない繁殖方法であり、有性生殖のメリットが失われてしまいます。実際、単為生殖で生まれた個体は何らかの異常が起こりやすいとされています。
しかし、だからといってサメの単為生殖が異常な現象とは言い切れません。
まだ分からないことが多く断言はできませんが、単為生殖はサメの重要な繁殖戦略の一つのように思える事例があります。
種を超えた様々な単為生殖
単為生殖は他の動物でも記録があり、ウチワシュモクザメの事例以降も他のサメ類で複数確認されています。
サメ・エイ類の例を挙げると、以下のような事例があります。
- 2008年:カマストガリザメ
- 2009年:ネムリブカ
- 2015年:ノコギリエイの仲間
- 2017年:トラフザメ
最近では日本国内でも魚津水族館で飼育されているドチザメの単為生殖が確認されました。
ここで注目したいのがノコギリエイとトラフザメの事例です。
実はノコギリエイの事例は水族館ではなく野生の個体で確認されました。タグ付けされた個体を調査するうちに、調べた190匹のうち7匹の遺伝子が1匹の親から生まれていたことが偶然発見されたんです。
そしてトラフザメについて。この子は飼育下の個体でしたが、これまでのサメと違いオスの精子を使って普通に子供を作ったことがあるサメでした。
つまり、普通の有性生殖から単位生殖に切り替えたという事例です。
単位生殖は「閉じ込められた特殊な状態で起きた異常事態」というより、状況に合わせてごく自然に用いられる生殖方法に思えてきます。
オスが同じ環境にいても起こる単為生殖
いくつかの爬虫類は、同じ環境下にオスがいるにもかかわらず単為生殖することがあります。
アメリカで研究された野生のマムシの仲間や、動物園でオスの別個体と飼育されていたコモドドラゴンが単為生殖で子供を産んだ事例が報告されています。
以上のことを踏まえると、単為生殖は確かに遺伝子多様性についてはマイナス面もありますが、異常な現象というよりも生き残り戦略の一つと言えるのではないでしょうか。
サメについて言えば、彼らは4億年ほど前にこの地球で誕生し、多少形を変えつつも今までずっと生き残ってきました。その4億年の間には恐竜を滅ぼしたものを含む大量絶滅が複数回起こっています。
結論を急ぐことはできませんが、単為生殖はサメがここまで長く繁栄できている理由の一つなのかもしれません。
そして、「どのサメがどの子を産んだのか?」や「彼らの遺伝子はどうなっているのか」などを研究できる水族館は、今後のサメ研究においても重要な役割を果たしてくれると思います。
参考文献
- CNNニュース 『オスは不要、コモドドラゴンの赤ちゃん「単為生殖」で誕生 米動物園』2020年(2022年3月27日閲覧)
- Demian D Chapman, Mahmood S Shivji, Ed Louis, Julie Sommer, Hugh Fletcher, and Paulo A Prodöhl, 『Virgin birth in a hammerhead shark』2007年
- 朝日新聞 『メスだけで赤ちゃん産んだサメ 世界初のなぞを解明』2019年(2022年3月27日閲覧 現在はリンク切れ)
- ナショナルジオグラフィック 『オスがいても“単為生殖”する野生ヘビ』2012年(2022年3月27日閲覧)
- ナショナルジオグラフィック 『“処女懐胎”のトラフザメ、過去に通常の産卵も』2017年(2022年3月27日閲覧)
- ナショナルジオグラフィック 『絶滅危惧ノコギリエイの単為生殖を初確認』2015年(2022年3月27日閲覧)
- ナショナルジオグラフィック 『謎の妊娠:サメの単為生殖を確認』2008年(2022年3月27日閲覧)
※本記事は2022年3月までにWebサイト『The World of Sharks』に掲載された記事を加筆修正したものです。
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