2026年5月29日、完全養殖で育てられたウナギを使った商品が、世界で初めて一般向けに販売されました。
価格は1尾4500円(税別)とこれまでの養殖ウナギに比べて高額でしたが、店頭販売の当日には早朝から人が並び、午前11時に始まったオンライン販売では開始2分で完売したそうです。
完全養殖技術の発展に長年取り組んできた国立研究開発法人「水産研究・教育機構」はメディアの取材に対し、ウナギの安定供給に向け、稚魚1匹あたりの生産コストを、現在の1800円から800円にまで抑えることを目標に、技術開発を続ける方針を示しています。
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ウナギの完全養殖がここまで注目を集め、研究が進められる背景には、ウナギ類の深刻な絶滅リスクがあります。
現在、ニホンウナギを含むウナギ類の多くは深刻な絶滅の危機にさらされており、その解決策の一つとして完全養殖は長年注目されてきたんです。
そして、ウナギ完全養殖の取り組みの中で、実はサメが重要な役割を果たしていました。
今回は「ウナギの完全養殖とサメ」というテーマで、ウナギを取り巻く問題の概要、完全養殖の歴史について、僕なりに解説していきます。
解説動画:完全養殖ウナギはサメがいなければ成功しなかったかもしれない話
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2026年7月11日です。
ウナギは絶滅危惧種
まずウナギを取り巻く問題について、簡単におさらいしておきます。
うな重・うな丼、ひつまぶしなどで親しまれているウナギは、現在深刻な絶滅の危機に瀕しています。
世界中の様々な野生動物の絶滅リスクを評価しているIUCNレッドリストにおいて、日本や周辺国に生息するウナギ、ニホンウナギ(Anguilla japonica)はENという評価を受けています。これは高い絶滅リスクがあることを意味する評価です。

ENというのはアフリカゾウと同等で、ジャイアントパンダ(VU)よりも厳しい評価です。生態や分布域が異なる動物なので単純な比較は難しいですが、いかに深刻な状況かイメージできると思います。
数字的な根拠も確認しておくと、成魚のニホンウナギとその稚魚であるシラスウナギは、ともに急激に生産量が激減しています。

もちろん生産量=資源量ではありませんが、漁獲努力量のデータや漁業者へのアンケート調査などでもウナギが減っていると示されていることなどから、ニホンウナギが激減しているのは間違いないでしょう。
こうしたウナギの減少の背景には、不十分な規制のもとでの乱獲、ダム建設や護岸工事などによる生息環境の改変等が挙げられます。
さらに、比較的簡単に漁獲や運搬が可能なシラスウナギは闇取引の対象になっており、密漁・密輸・不透明な取引が横行している状態です。
その他、外来種であるヨーロッパウナギが放流されることによる競合や病気・寄生虫の蔓延、地球温暖化による回遊ルートへの影響なども、個体数減少に関係している恐れがあります。
さらに、ウナギが不漁の中で需要を満たそうとヨーロッパウナギ(Anguilla anguilla)やアメリカウナギ(Anguilla rostrata)の需要が高まった結果、こうした海外のウナギたちも乱獲や違法取引の犠牲になりました。現在、アメリカウナギはIUCNレッドリストでニホンウナギと同じEN、ヨーロッパウナギはさらに厳しいCRという評価を受けています。
このうちヨーロッパウナギは現在、生き物の国際取引を規制するワシントン条約の規制対象であり、昨年2025年、この条約でニホンウナギも含めたウナギ類全てを規制しようという動きがありました(ワシントン条約についてはコチラも参照)。
結果としてこの規制は見送られましたが、実際の資源量的にも国際情勢的にも、食文化としてのウナギが危機的状況なのは確かです。
ウナギ完全養殖と従来の養殖の違い
そんな危機的状況の解決策として注目される「完全養殖」とは一体何か?普通の養殖と何が違うのでしょうか?
完全養殖とは、人工環境下で魚に卵を産ませ、その卵から育った魚を育てて卵を産ませる、というサイクルで魚を増やす取り組みを指します。
これまでの養殖ウナギは、野生の仔魚であるシラスウナギを捕まえてきて飼育するという方法で育てられてきました。つまり、ウナギの養殖は実質「畜養」だったんです。
ニホンウナギの生活サイクルについておさらいをしておくと、彼らは淡水域で暮らしていますが、産卵期になると川を降って海に向かいます。そしてはるか遠くのマリアナ海嶺まで回遊して産卵します。
孵化した仔魚はやがてレプトセファルス(レプトケファルスとも)と呼ばれる葉っぱのような独特な形状になって海を漂い、東アジア全体に分散。
そうやって海を漂って陸地に近づく頃に、体長5、6cmのシラスウナギに変態を遂げます。河口域に達したシラスウナギはやがて色素が発達したクロコと呼ばれる状態になり、川を登って行きます。

従来の養殖(畜養)では、このサイクルの中のシラスウナギを捕まえて、成魚まで育ててきました。
先ほどシラスウナギの漁獲量の話をしましたが、このシラスウナギは基本的に養殖用です。シラスウナギも高値で取引されるため、白いダイヤなどと呼ばれます。
ここで重要なのは、野生の仔魚で捕まえてくる以上、取り過ぎれば数が減っていき、資源が枯渇するということです。
そして先ほど見た通り、資源量は減っていると推定されています。
サメ卵が完全養殖の課題解決に?
そんなに完全養殖がそんなに重要なら、「なぜ今まで完全養殖されたウナギが販売されて来なかったのか?」と疑問に思うかもしれません。
この理由はシンプルで、ウナギの完全養殖が非常に難しいからです。
二ホンウナギ完全養殖の取り組みは1960年頃には始まっていたのですが、課題につぐ課題の連続で、まさに試行錯誤の歴史でした。そして、ここでようやくサメが関わってきます。
課題①:飼育下で卵を産まない
まず最初の課題は、飼育下での成熟と産卵です。
海に降っていくうなぎを捕まえて飼育しても、何故か成熟しません。成熟しなければ当然卵を産まず、養殖になりません。
そのため、人工的にホルモンを注射して成熟を促す必要があります。
課題②:なぜかオスばかりになる
次の問題は性別の偏りです。親となるウナギを自然の川で採取するのは大変なので養殖ウナギを使って実験するわけですが、なぜか飼育下のウナギは9割近くがオスになるという問題がありました。
飼育下のストレス、個体密度が原因ではないかという仮説はあるようですが、対策は不明で、かつウナギは成長過程で性転換もしません。
ここでもホルモン投与でメス化させるなどの対応が必要になります。
課題③:仔魚のエサが全く分からない
どうにか飼育下で受精卵を得て仔魚が得られた段階で起きたのが餌の問題です。
孵化したばかりの仔魚は油球という栄養の塊で成長しますが、そのあとは餌が必要になります。
しかし、自然界で孵化したばかりのウナギが何を食べるのか当初は全くわかっておらず、2週間程度で死んでしまう事が続きました。
ここでようやくサメの話が出てきます。
1996年、アブラツノザメの卵(厳密には卵を低温乾燥させて粉末にした栄養強化飼料)を与えたところ、仔魚が食べることが判明。これがブレイクスルーになり、仔魚の研究が大きく進展しました。
ちなみに細かい話をすると、ここで使われたのはアブラツノザメの卵とよく紹介されているのですが、とある文献に「カナダから輸入している」という記述がにあったので、実際に使われたのは、現在は別種とされているSpiny dogfish(Squalus acanthias)の卵だった可能性があります。


なぜサメ卵を試そうと思ったのか?
この話を知った人の多くが「そもそも何でサメ卵なんてマニアックなものを試そうと思ったの?」と疑問を抱きます。
これは「本当に何も分からないから、やれることをとにかく試した」というだけだと思います。
ウナギの完全養殖に長年取り組んできた田中秀樹氏の講演内容や当時の状況を綴った文献によれば、以下のようなエサが候補として試されてきました。
- 冷凍ワムシ
- 天然プランクトン
- オタマボヤ
- イトミミズ
- アカムシ
- 鶏の卵
- マダイの卵の粉末
- エビやイカの粉末
- 植物由来のタンパク質
- ウナギの卵
- クラゲ
- ヒトデの生殖腺
- ウニの未受精卵
しかしどれも食べない、あるいは食べて消化管に入るけど成長しないなどの問題が起きて失敗に終わりました。
クラゲにいたっては逆に仔魚が食べられてしまったり、ヒトデの生殖腺やウニの未受精卵を与えたらサポニンという毒で仔魚が動かなくなるというトラブルもあったそうです。
田中氏は当時のことを以下のような言葉で振り返っています。
「口から食べないで体全体で栄養を吸収していると思ったほどだ」
「手当たり次第、トライアンドエラーの日々だった」
井田徹治『ウナギ 地球環境を語る魚』より引用。
このようなエサの中でサメ卵が有効だった理由については、スラリー状(水中でも溶けだしたりバラバラになったりしないドロッとした状態)のエサであることが重要な条件の一つだったようです。
ただし、サメ卵だけだと育て切るのは難しかったため、他の成分を足したり特定の成分を抑えたりなど様々な工夫をしした混合飼料がその後に開発されました。さらにサメ卵だと安定的な供給が難しく、そもそもサメも絶滅危惧種であるという問題から、その後はサメ卵を使わない飼料が使われています。
こうした問題に加え、研究当初は適切な水温や塩類濃度さえ分からなかった、エサがドロッとしているから水がすぐ汚れるのにきれいな水でないと育たない、そもそもの孵化率や生存率が低いなどの様々な課題を抱えながら、どうにか完全養殖を実現したのが2010年でした。
当然こんな手間をかけていたらコストが莫大になる上、大量に育てるというのが難しいです。
現在は様々な技術開発が進んで研究当初より改善している部分は多いですが、試験販売が2026年になって価格が高いことにも納得ですね。
生物はどこで役立つか分からない:生物多様性の保全
今回の話で僕が伝えたいのは、どの生き物がどんな時に人間の役に立つか分からないから、多種多様な生き物が生きていることは大事だということです。
専門的な言い方をすれば「生物多様性の保全は重要である」という話です。
アブラツノザメにしろ他のサメ類にしろ、もしサメの卵という資源が存在しなかったら、あるいは利用できない状況だったら、ウナギの完全養殖はもっと遅れていたかもしれません。
厳密にはサメ卵だけでは不十分でしたし、最終的にサメ卵を使わなくはなりました。また、そもそも完全養殖だけでウナギ問題が解決するとは思えません。
しかし、ここで重要なのはそこではなく、意外な生き物が人類の食文化を守る取り組みの中でブレイクスルーのきっかけを与えたこと、そしてそうした活用方法があることをそれまで誰も知らなかったということです。
「人間活動による生き物の絶滅を防ごう」と訴える時、

そんな生き物守って何の役に立つんですか?



この生き物は人間に害があるから絶滅させていい
などと言い出す人がたまにいます。
特にサメはフカヒレを除けば食品としての価値が低く、人を襲うイメージがあったり漁業被害を起こすなどの理由で、こういうことを安易に言われがちです。
しかし、そうした生き物から難病を治す薬の開発につながる成分が見つかるかもしれない。生き物の体の構造や行動が技術発展のヒントになるかもしれない。その生き物が自然界にいることで、僕たちに害をなす別の動物の増殖が抑えられているかもしれない・・・。
安易に絶滅させることは、こういう「かもしれない」を、永久に葬り去ることを意味します。
生物多様性を守るというのは、「今ある役に立つ生き物」を残すというより、未来の可能性そのものを残しておくことなんです。
そしてこれは、ウナギそのものにも言えます。
ニホンウナギの筋肉には緑色蛍光タンパク質が含まれているのですが、2013年にはこれを利用したビリルビンセンサーという試薬が開発されました。これは新生児がかかる核黄疸という病気の診断に利用できる可能性があります。
また、ウナギは河川では幅広い生き物を捕食する高次捕食者であり、海ではプランクトンとして過ごすので、野生のウナギがいなくなることは、様々な生き物に多大な影響を及ぼすリスクがあります。
食料以外の様々な可能性を残しておくためにも、サメ・ウナギ、その他あらゆる生き物、そしてそうした生き物同士の繋がりや生きていける環境を、しっかりと守っていく必要があると僕は思います。
まとめ
今回の記事のまとめは以下の通りです。
- 現在ニホンウナギを含むウナギ類は、深刻な絶滅の危機にある。
- 従来のウナギ養殖は野生のシラスウナギを捕獲・育成するというものであり、野生資源に影響を与えない完全養殖の実現が期待されている。
- ウナギの完全養殖は課題の連続ではあったが、その中でサメ卵という意外な資源がブレイクスルーとなった。
- 生き物はどんなところで役に立つか分からないので、生物多様性を保全することは重要である。
完全養殖が実用化されたところで資源管理や違法取引など、ウナギを取り巻く問題は山積みな気がしますが、少しでも保全状況が改善する方向に進めばいいですね。
参考文献
- 井田徹治『ウナギ 地球環境を語る魚』2007年
- 海部健三『結局,ウナギは食べていいのか問題』2019年
- 近畿大学『ウナギ仔魚用のオリジナル飼料を産学連携で開発 鶏卵黄を含まない飼料で完全養殖のニホンウナギ稚魚の生産に成功』2025年
- 黒木真理 (編集)『ウナギの博物誌―謎多き生物の生態から文化まで』2012年
- 産経新聞(外崎晃彦)『「歴史的なものを手に」世界初の完全養殖ウナギ 店頭販売に行列、オンラインは2分で完売』2026年
- 東アジア鰻資源協議会 日本支部 (編集)『うな丼の未来 ウナギの持続的利用は可能か』2013年
- 読売新聞『世界初、「卵から」完全養殖のウナギを月内にも試験販売へ…年間数万匹の稚魚の生産が可能・コストは天然の3~4倍』2026年
- 理化学研究所『ニホンウナギから人類初のビリルビンセンサ-ウナギが光る仕組みを解明、その特性を利用して臨床検査蛍光試薬を開発-』2013年
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