今回はラブカに並ぶ大人気の深海ザメ、ミツクリザメを解説します!
アゴが飛び出た奇妙な風貌から「悪魔のサメ」や「深海のエイリアン」などのキャッチーな紹介文を添えられるサメですが、実は普段は違った姿をしていたり、日本人にとって馴染み深いエピソードをもつサメだったりします。
この記事ではミツクリザメの意外な一面も紹介していくので、これを読むことでミツクリザメについて少しでも理解や愛着を深めていただければ嬉しいです。
解説動画:
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2021年3月13日です。
実はアゴが飛び出ていないミツクリザメ
ミツクリザメは、ネズミザメ目ミツクリザメ科ミツクリザメ属に分類されるサメです。
意外に思うかもしれませんが、大きな分類ではホホジロザメやアオザメと同じ仲間です。
そんなミツクリザメはどんなサメなのか見ていきましょう。
長くて平たい吻が特徴的で、その下からアゴが飛び出しており、さらに体がピンク色という、見間違いのない姿をしていますね。
ミツクリザメと言えば、いかにも「深海のモンスター」というこの姿が有名ですが、実はこれは死んでしまった後の姿です。
実際に生きているミツクリザメはこちらです。
吻が長いのは同じですが、アゴがしっかり収まっています。また、弱っている時と死後は体がピンク色になっていきますが、本来の体色はグレーに近いです。
イラストや映画などで描かれるミツクリザメは大抵アゴを出しっぱなしにしていますが、恐らくミツクリザメのグロテスクなイメージを強調するためだと思われます。常にあんな顔をしているわけではありません。
不思議な見た目なのは変わらないですが、シュッとしていて、わりと可愛い顔をしていることが分かっていただけると思います。
意外にデカいミツクリザメ
ミツクリザメについてもう一つ意外な点を紹介すると、一般に思われているより全長が大きいです。
日本で漁獲されてニュースになったり水族館で展示されるミツクリザメは、だいたい1〜2mくらいで、僕もそれくらいの個体しか見たことありません。
しかし、実は成長すると3mを超え、5〜6mまで大きくなるという説もあります。
そもそも深海200〜1300mに住んでいるので遭遇することはまずないですが、6mであの顔したサメが現れたらチビりそうです・・・。
ただし、ミツクリザメは非常に細長い歯をしており、明らかに人間ほど大きな獲物を捕まえるのには向いていません。
捕食行動については記事の後半で紹介しますが、彼らは一口で食べられるような魚類や甲殻類などを食べていると思われます。
見た目のせいで危険なモンスターのように雑に取り上げるテレビやYouTuberもいますが、騙されないようにお願いします・・・。
名前の由来は日本人?
普通の人から見たらミツクリザメは異界の怪物みたいに見えるかもしれないですが、実はミツクリザメは日本に馴染みのあるサメです。
何故かと言えば、ミツクリザメは日本で初めて確認され、「ミツクリザメ」という名前も日本人に由来しているからです。
ミツクリザメは19世紀にイギリス人のアラン・オーストン氏によって発見されました。
貿易商であったオーストン氏は、相模湾で見たことのないサメを偶然採集しました。生物研究に理解があった彼は、そのサメを東京大学三崎臨海実験所の所長だった箕作博士に寄贈します。
その後、その標本を調べたデイビッド・スター・ジョーダン博士が新種記載したのですが、その学名を箕作博士とオーストン氏に因んで「Mitsukurina owstoni」と名付けました。
「ミツクリザメ」という名前も箕作博士から来ていますが、世界共通の生物の呼び名である学名にも日本人の名前が使われているんです。
学術的に初めて確認された標本が日本近海で、和名や学名に日本人の名前が使われている・・・。実に日本に馴染みのあるサメと言えるのではないでしょうか?
「ゴブリンシャーク」も日本由来?
ミツクリザメのことを英語では「Goblin shark(ゴブリンシャーク)」と呼びます。
日本語では「悪魔のサメ」や「小鬼ザメ」という風に訳されます。
メディアの報道を見ていると、「深海に住んでいるすごい顔をしたサメだからゴブリンシャークと呼ばれる」と紹介されがちですが、実はこの「ゴブリンシャーク」という名前も日本由来だとする説があります。
米国のサメ研究者の一人カストロ博士によれば、ゴブリンシャークという名前は日本での別名「テングザメ」を英語に訳したものだそうです。
確かにミツクリザメの長い吻には天狗を思わせるものがあります。
最近は某鬼殺隊の元水柱の影響もあって天狗にポジティブなイメージを持つ人もいるかもしれないですが、もともと天狗は妖怪や山神の類です。
英語圏にもちろん天狗はいませんから、近い存在であるゴブリンの名前を当てたのかもしれません。
この説がもし本当なら、英名の「ゴブリンシャーク」も日本文化に由来していることになります。
ミツクリザメは日本に沢山いる?
ミツクリザメは世界中の海で確認されていますが、定期的にミツクリザメが漁獲される海域というのは非常に限られています。
例えば、アメリカのCNNが2014年にメキシコ湾で混獲されたミツクリザメのニュースを報じたのですが、その海域での漁獲は14年ぶりと紹介されていました。
論文を徹底的に精査したわけではないので正確性は微妙ですが、それくらい珍しいことなんだと思います。
一方、日本では相模湾、駿河湾、そして東京湾海底谷など複数の場所でミツクリザメが定期的に漁獲されています。
もちろんアジやサバみたいに大量に網に入ることはないですが、世界的に見ればなかなか珍しいことです。
水族館で展示されても短期間で終わってしまうケースがほとんどですが、世界的には出会う機会があるだけでも凄いことなので、日本人にもっと愛されてもいいサメだと個人的には思います。
突き出た吻と飛び出す顎
ミツクリザメと言えば、やはり突き出た吻と飛び出す顎が特徴的です。
この吻と顎は、ミツクリザメが獲物を捕らえる上で非常に重要な役割があります。
長い吻は感覚器官
ミツクリザメの吻は重要な感覚器官になっています。
ミツクリザメの吻は長く平たく突き出ているので、「武器みたいに使えるんじゃないか?」と思う人もいるようですが、実はこの吻の中は柔らかくて細い骨が入っているだけです。
この吻にはゼリー状の物質が詰まっており、ロレンチーニ瓶という電気を感じるための感覚器官になっています。
サメ類はこのロレンチーに器官を使い、生物が発する微弱な電気を感じ取ることができます。
ロレンチーニ瓶自体は他のサメでも確認されていますが、ミツクリザメは吻が長いので、より広い範囲の獲物の存在を感じ取れると推測できます。
最速のアゴ?
ミツクリザメと言えばアゴが飛び出すことで有名ですが、実はミツクリザメ以外のサメもアゴを前に動かすことができます。
多くのサメの顎骨は、舌接型と呼ばれ、上顎の骨と頭蓋骨が完全に一体化しておらず、別の骨でつながっている状態です。そ
のため、獲物を食べる瞬間に顎を前に飛び出させることができます。
しかし、ミツクリザメは、その飛び出す範囲も速さも他のサメとは一線を画しています。
ミツクリザメは他のサメよりも顎のリーチが長いです。他のサメの顎が全長の0.9〜4%ほど飛び出るのに対し、ミツクリザメは10%近くまで飛び出ます。
さらに、ミツクリザメが顎を動かす速度も、上顎が秒速1.6m、下顎が秒速3.14mとかなり素早く、口を開け始めてから閉じるまでの動作をたったの0.3秒ほどで完了させます。
長い吻と速いアゴの理由
では、何故このように進化したのでしょうか?
ミツクリザメはホホジロザメなどと同じネズミザメ目のサメですが、細長く水っぽい体をしていて、どこか頼りない印象を受けます。各ヒレも小さく、推進力の要である尾びれもペラッペラです。
こうした体つきからして、ミツクリザメは速く泳ぐことに向いていません。
以上の事実から、彼らの長い吻と速く飛び出す顎は、動きの遅い彼らがエサの少ない深海で確実に獲物を捕らえるために進化したと考えられます。
「悪魔」だの「エイリアン」だの言われてしまうことも多いミツクリザメの姿ですが、彼らなりに進化の過程で行き着いた、一つの最適解なのかもしれません・・・・。
参考文献
- CNN.co.jp『「なんと醜い」漁師も驚いた深海ザメ捕獲 米メキシコ湾』2014年(2022年6月15日閲覧)
- Jose I. Castro 『The Sharks of North America』 2011年
- 沼口麻子 『ほぼ命がけサメ図鑑』2018年
- 北海道大学『“悪魔のサメ”の驚きの捕食行動を解明』2016年(2022年6月15日閲覧)
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