新種の巨大深海魚はサメを超えるトッププレデター?世界最大の硬骨魚ヨコヅナイワシを解説!

おはヨシキリザメ!サメ社会学者Rickyです!

つい先日「新種の大型深海魚 撮影に成功!」や「世界最大の硬骨魚と判明!」などの見出しで、各メディアがある魚を取り上げました。

その魚というのがヨコヅナイワシです。

去年”駿河湾で最近見つかった新種”として大々的に紹介されましたが、その後に撮影された映像に約2.5mのヨコヅナイワシが映っており、深海に住む硬骨魚では世界最大だと判明しました。

しかし、発見のニュースからそもそも1年経っているので、そもそもどんな魚なのか?何がそんなにすごいのか?などうろ覚えな人も多いと思います。

今回は実物の写真もお見せしながら、未知の巨大深海魚ヨコヅナイワシを改めて解説していきます!

目次

解説動画:新種の巨大深海魚はサメを超えるトッププレデター?駿河湾の主ヨコヅナイワシを解説! (Narcetes shonanmaruae)

このブログの内容は以下の動画でも解説しています!

※動画公開日は2021年4月20日です。

シーラカンスに似た巨大深海魚に遭遇

ヨコヅナイワシは2016年、駿河湾で初めて漁獲されました。

神奈川県立海洋科学高校所属の実習船「湘南丸」が行っていた深海延縄調査の際に、水深2000mを超える深さから見たこともない魚が採集されました。

その魚は全長1m以上で、鮮やかな青色の鱗を持っており、その一部が剥がれて黒い表面が見えていました。その場の誰も見たことのない姿をしており、「シーラカンスではないか?」と思う人もいたそうです。

実物のヨコヅナイワシ。確かにシーラカンスっぽい顔をしています。

いくら深海とはいえ、盛んに漁業や調査が行われていて比較的陸にも近い駿河湾で、全長1mを超える大きさの誰も見たことがない魚が見つかるというのは非常に珍しいことです。

大型で完全に未知の存在だった海洋生物が発見された事例としては1976年メガマウス発見が思い浮かびますが、今回のヨコヅナイワシはそれに匹敵するインパクトがあります。

その後の調査も併せて合計4尾同じ種だと思しき魚の採集に成功し、詳細な形態観察、CTスキャン、分子系統解析などを用いて、徹底的に調べることになりました。

和名は横綱、学名は船に由来

詳細はJAMSTECが出している論文があるのでここでは簡単に紹介しますが、ヒレの位置関係、歯の特徴、顔の形状、鱗の数、脊椎骨、そしてミトコンドリアゲノムの解析などの結果から、この魚はセキトリイワシ科クログチイワシ属の新種として認められ、2021年に論文が発表されました。

その際、世界最大のセキトリイワシの仲間であることが判明したため、ヨコヅナイワシと名づけられました。学名はNarcetes shonanmaruseといい、種小名は採集した船である湘南丸に因んでいます。

この当時の採集個体は全長122〜138 cmほどでしたので、当時は「世界最大のセキトリイワシ類」ということで話題になりました。しかし、今年ニュースになった映像には全長2.5mほどのヨコヅナイワシが映っており、それまで世界最大とされていた深海性硬骨魚ムネダラの2.1mを上回り「世界最大の深海性硬骨魚」という肩書も加わりました。

サメ社会学者Ricky

硬骨魚がよく分からないという方は「サメやエイとは違う魚」「タイやマグロなどと同じ”普通の魚”のグループ」程度に思っておいてください。

ちなみに、ヨコヅナイワシの論文が発表され新種としてニュースが出たのは今年2021年ですが、実は2017年に行われた国立科学博物館の「深海展」にて、この標本は世間にお披露目されていました。ただし、当時は「セキトリイワシ科の不明種」として展示され、論文発表前であったことから撮影などは一切禁止されていました。

新種の発見というのは、ただ見つけるだけでなく、詳細な分析を行い、きちんと論文にまとめて初めて認められるものだということがよく分かりますね。

ヨコヅナイワシはイワシにあらず

そもそもヨコヅナイワシが分類されているセキトリイワシ科を知らないという方も多く、いまだに「え、こんなデカいイワシがいるの?」という声もよく聞きます。

しかし、ヨコヅナイワシを含むセキトリイワシ類は、イワシとは全く別物です。

僕たちが普段口にしたり水族館で観察するイワシはニシン目というグループに分類されてますが、ヨコヅナイワシたちは二ギス目という全く別のグループの仲間です。

イメージしやすいように哺乳類に例えると、僕たちとハムスターくらい分類が離れています。

これは”魚の名前あるある”といっても過言ではなく「〇〇と名がつくが〇〇ではない」という例は枚挙に暇がありません。

  • デンキウナギ:ウナギとは分類も内部構造も全く異なる別物(ウナギはウナギ目、デンキウナギはデンキウナギ目)
  • アカマンボウ:見た目がマンボウに少し似ているだけで全く別の魚(マンボウはフグ目、アカマンボウはアカマンボウ目)
  • コバンザメ:軟骨魚であるサメとはヒトとカラス以上に離れた存在(コバンザメは硬骨魚綱スズキ目)

ここまで聞いて「ニギス目なんてきいたことないよ!」という人も多いかもしれませんが、不思議な見た目の深海魚として有名なデメニギスもニギス目の仲間です。「出目+ニギス」でデメニギスというわけです。

デメニギス
生きている時はこんな姿です。

そのため、「ヨコヅナイワシはイワシの仲間?」という質問には、「イワシではなくデメニギスに近い仲間」と答えればマニアック過ぎない回答になるのかなと個人的には思っています。

深海のトッププレデター

ヨコヅナイワシの興味深い点としては、深海生態系の頂点に君臨するトッププレデターであることです。

これを言うと、

深海ザメがトップじゃないの?見つかったばかりなのに何でそんなこと分かるの?

という疑問が湧いてくると思うので、もう少し深堀していきます。

採集されたヨコヅナイワシの胃の内容物を調べてみると、魚の耳石および魚のものと思しき消化物が確認されました。

セキトリイワシ科の多くはクラゲなどゼラチン質のプランクトンを食べることで知られていますが、今回見つかったヨコヅナイワシに関しては、魚食性であることが推測できます。

確かにヨコヅナイワシの顔を見てみると、プランクトン食って感じしないです。写真だと分かりづらいですが、大きな口の中には細かい歯がびっしり生えていました。

ヨコヅナイワシの顔。目と口が大きく、高次捕食者らしい顔をしています。

これだけだとッププレデターかどうかは分かりませんが、ここで登場するのが栄養段階というものです。

栄養段階をざっくり説明すると、生態系ピラミッドの上のほうに行くほど高くなる数値です。

「生態系ピラミッド」に馴染みのない方でも「食物連鎖」は聞いたことあると思います。

小さな植物プランクトンがいて、それを食べる動物プランクトンがいて、それを食べる小魚、さらにそれを食べる大きな魚、さらにそれを食べるサメ・・・・というやつです。

上のほうに行くほど沢山の資源が必要になるため生物の数が少なくなり、上部が小さいピラミッド状になります。

栄養段階の簡単イメージ図

この食う食われるの関係の中で、僕たちはアミノ酸というものを摂取しています。

そのアミノ酸の中に窒素が含まれているのですが、この窒素には質量数が異なるもの(N14とN15)があります。

サメ社会学者Ricky

ちなみに、こんなふうに同じ原子なのに質量数が異なるものを同位体と言います。

生態系ピラミッドの上のほうに行くほど、この窒素同位体のうちN15の割合が高い傾向にあります。

そのため、捕まえた生物の同位体を分析することによって栄養段階の数値を導き出し、その環境でどれくらい高次の捕食者なのかを示すことができるんです。

この方法なら、直接観察することが難しくてサンプル数も限られた深海生物の生態も、ある程度調べることができます。

そして、深海の捕食者たちの栄養段階をグラフ化するとざっくりこのようになります。

ヨコヅナイワシと他の深海高次捕食者の栄養段階を示すデータ(JAMSTECの資料を基に作成)

捕食者のイメージが強いサメたちが並んでいますが、ヨコヅナイワシは全長5m近くになるオンデンザメやカグラザメを差し置いてトップに位置しています。

これが、「深海のトッププレデター」と言われる理由です。

念のために言っておきますが、これはあくまで栄養段階の話であって、「ヨコヅナイワシがサメよりも強いor弱い」という話ではないです。そもそも戦う機会があるのかどうかも謎です。

何故ヨコヅナイワシを研究するのか?

ここまでヨコヅナイワシの紹介をしてきましたが、何故このような魚に注目する必要があるのでしょうか?

一般に、生態系ピラミッドの上の方にいる高次捕食者(高次消費者、プレデターとも呼ばれる)たちは、環境変化や人間の影響を受けやすいと言われています。

基本的に捕食者たちは大きくて力強くて天敵に襲われる心配というのはあまりないですが、彼らが生きていくには沢山のエネルギーが必要です。そのため、ピラミッドの下位の生物たちが豊富にいないと生きていけませんし

また、高次捕食者は子供を産む数も少なく、成長するまでも時間がかかることがほとんどです。

例えば、小魚の代表的な存在であるマアジは2~3歳で成熟し、数万という単位で卵を生みます。一方で、サメは成熟まで10年以上かかる場合があり、一度の出産で2尾しか子供を産まないサメもいます。

サメの一種シロワニ。出産数は少なく、二つある子宮から一尾ずつ生まれてくるというのが通説。

こうした生物は出産数が少なくても大きくて強い子供を産むので生き残る確率は本来高いのですが、人間の漁業活動によって一気に数を減らすと、回復するまでに時間がかかり、そのまま絶滅してしまうリスクも大きいです。

高次捕食者がいなくなってしまった場合、それが食べていた栄養段階の低い生き物や、それと争う関係だった他の捕食者の数が増えたりします。

そして、そうした生物が増え過ぎた結果、深海の生態系が変わってしまう恐れがあります(このような影響をトップダウン効果と言います)。

深海の生態系と聞くと縁遠い話に聞こえるかもしれませんが、表層を泳ぐイメージのある魚でも深海に餌を食べに行っていることがありますし、幼魚の頃に浅い海で暮らす深海魚も沢山います。

深海生態系の変化は、巡り巡って僕たちにとって身近な魚たち、そして僕たち自身の社会・健康に影響する可能性すらあるんです。

ヨコヅナイワシの繁殖についてはまだ何も分かっていないに等しいと思いますが、栄養段階が高いこと、そしてこれまで見つかってこなかったことから、やはり他の高次捕食者と一緒で個体数・出産数ともに少ない可能性は高いです。

こうしたトッププレデータの謎を解明していくのは、深海の生態系がどうなっていて、どんな影響を受けていて、今何をすべきなのかを考えるために必要な取り組みと言えます。

まだ誰も見たことがない新種の巨大魚が見つかったというだけでロマンのあることですが、こういう研究にどんな意義があるのかも考え、豊かな海をみんなで守っていければ良いなと思います。

参考文献

※本記事は2022年3月までにWebサイト『The World of Sharks』に掲載された記事を加筆修正したものです。

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