先日、「ジンベエザメは世界最大の雑食動物かもしれない!」という非常に興味深いニュースが報じられました。
オーストラリアのタスマニア大学とオーストラリア海洋科学研究所が共同で行った研究によれば、ジンベエザメは植物性の藻類を主要な栄養源として摂取し、ただ飲み込むだけでなく栄養を吸収しているとのことです。
「サメが植物を食べる」と聞いて驚いた人も多いと思いますが、実はこのジンベエザメが初めてではなく、他のサメでも雑食が確認されています。
そこで今回は、「植物を食べるサメ」というテーマで二つの事例を紹介させていただきます!
解説動画:ジンベエザメやシュモクザメは草食系?植物も食べる雑食のサメたちについて解説!
このブログの内容は以下の動画でも解説しています!
※動画公開日は2022年8月13日です。
草食・肉食・雑食の定義
サメの食性について紹介する前に、まずはここで議論する「草食・肉食・雑食」という言葉の定義を明確にしておきます。
- 草食:植物を栄養源とする食性
- 肉食:動物の肉を栄養源とする食性
- 雑食:どちらも食べて栄養源にできる食性
ここで気を付けるべきは、動物界の生物を食べること全てが肉食だということです。
一般の方が「肉」と聞いてイメージするのは牛肉、豚肉、鶏肉など哺乳類や鳥類の肉ですし、「肉食動物」という言葉はライオンやワニなど大型動物を襲うハンターを指すことが多いです。
しかし、生物学で動物の食性について議論する際、魚類や爬虫類はもちろん、節足動物(昆虫など)、棘皮動物(ウニやヒトデなど)を食べる場合も肉食に該当します。
また、雑食のことを「色々なものを食べること」だと思っている人も多いですが、基本的には動物性のものと植物性のもの両方を食べる食生活を指します。
そして、これら定義に従えば、サメは全て例外なく肉食とされてきました。
海棲哺乳類を襲うホホジロザメも、魚やイカを食べるヨシキリザメも、貝類や甲殻類を食べるネコザメも全て肉食動物であり、草食はもちろん、雑食のサメなど存在しないというのが長年の通説でした。
しかし、その常識が最近になって崩壊しつつあるというのが今回の本題です。
草食と雑食の定義について補足
草食動物が食べる生物の中にはシアノバクテリアなど植物ではないもの(よく「藻類」という言葉で植物と一緒くたにされがち)が含まれていますが、ここでは「サメが肉以外のものを消化吸収しているかどうか」が論点なので「草食」にまとめます。
また、雑食の定義を「栄養段階(後述)が異なる生物を食べる食性」とする場合もありますが、これも「サメが肉以外のものを消化吸収しているかどうか」という論点に合わなくなってしまうので、今回は先述の「植物と動物どちらも食べて栄養源にできる食性」という定義を採用します。
草を食べるシュモクザメ
冒頭で「ジンベエザメが初めてではない」と言いましたが、実は今回のニュースの前に、あるサメで雑食が確認されていました。
そのサメというのが、ウチワシュモクザメです。
現在世界に9種知られているシュモクザメ類の中では最小のサメで、日本近海にはいませんが、アメリカ大陸の沿岸域に幅広く分布しています。
胃の中から海草を発見
2007年、メキシコ湾にて。生態学者のダナ・ベシアさんとその同僚たちがウチワシュモクザメの胃内容物を調べたところ、なんと半分以上が海草であることを発見しました。
ただ、これだけでは雑食と結論付けることはできません。
ウチワシュモクザメは海草の茂みに潜む甲殻類などを食べているので、そうした獲物を襲う際に海草が口に入っただけという可能性もあります。
しかし、それから10年以上たったのち、ウチワシュモクザメは海草をただ飲み込んでいるだけではないと示す研究が発表されました。
雑食を検証する実験
2018年、カリフォルニア大学アーバイン校の研究者であるサマンサ・レイさんを始めとする研究チームが、ウチワシュモクザメの消化能力に関する実験を行いました。
【実験の概要】
- フロリダの海岸で捕獲された複数のウチワシュモクザメを3週間飼育
- 飼育期間中、サメたちには海草90%・イカ10%という割合のエサだけを与え続ける
- 炭素の安定同位体を用いることで、サメが海草の栄養を吸収しているかどうか確認
与えたエサの量について補足
実験中に与えられたエサの量は1日につき体重の5%でした。
サメの1日の食事量が体重の0.5~3%と言われているので量自体は多めな気がしますが、今回のエサは90%が植物性です。
もし植物の栄養を消化吸収できないとしたらかなり辛い食事と言えますし、逆に体重が増えていれば植物性のエサを消化吸収できる可能性が非常に高いです。
炭素の同位体について補足
簡単に説明すると、炭素13というもので物質レベルの目印を海草につけておき、サメの組織からその目印が見つかるかどうかで、ただ消化器を通っただけなく栄養素を吸収しているかを確かめるという方法です。
では、実験の結果はどうだったのか?
まず体重について、飼育していたウチワシュモクザメ全てにおいて体重が約3~10%程度増加し、健康面での悪影響も観察する限りは見つかりませんでした。
さらに、海草を食べたサメの血液を調べたところ、目印にした炭素13が検出され、ただ単に口に入れて排泄しているだけでなく、栄養を吸収していることも判明しました。
これらだけでも十分な証拠に思えますが、研究チームはさらにウチワシュモクザメの内臓を調べ、β-グルコシダーゼというセルロースを分解できる消化酵素を発見しました。
実験で得られたデータによれば、ウチワシュモクザメは海草の約50%を消化吸収することができ、この消化効率は幼いアオウミガメに匹敵し、なんとパンダを上回っています。
以上の結果から、ウチワシュモクザメはサメ類で初めて、科学的に雑食であることが証明されました。
ジンベエザメは藻を食べる?
サメの中では世界で初めて雑食が確認されたウチワシュモクザメに続くかもしれないのが、みんな大好きなジンベエザメです。
大きさは10mを超える世界最大の魚類でありながら、小さなプランクトンを濾しとる食性から「おとなしいサメ、優しいサメ」などと称されることもあります。
しかし、そんなジンベエザメも動物を食べており、長い間完全な肉食と考えられてきました。
先ほど紹介した通り、魚だろうと虫だろうと、動物界に分類される生物を食べていれば肉食です。
小魚やオキアミなど、人間が感情移入しづらい、小さい動物を食べているから「優しい」と言われているだけで、動物を食べているという点ではホホジロザメやイタチザメとそこまで変わりません。
栄養段階による雑食の可能性
しかし、2019年に東京大学大気海洋研究所の研究グループが海洋研究開発機構と沖縄美ら島財団と共同でジンベエザメの栄養段階を調べたところ、ジンベエザメも雑食である可能性が示されました。
栄養段階を簡単にいうと、食物連鎖上の位置を示す指標です。
理科の教科書や生物の授業で「食物連鎖」や「生態ピラミッド」という言葉とともに、こんな図を見たことがある人もいると思います。
一番下に植物プランクトンがいて、それを食べる動物プランクトン、それを食べる小魚、それを食べる大きな魚という構図になっています。
このピラミッドの上の方(高次の捕食者)になるほど、窒素15という物質が体内に沢山残ります。
そのため、沢山サンプリングして胃の内容物を大量に確認したり、24時間365日観察しなくても、窒素15という物質を調べることで、生態系における位置づけ(栄養段階)を調べることができるんです。
そして、もしジンベエザメが動物プランクトンや小魚だけを食べる(より正確に言えば、そうした生物だけから栄養を吸収する)完全肉食動物であるなら、栄養段階は3以上になるはずなのです。
しかし、研究グループが調べた結果では、3よりも低い2.7という値になりました。
これにより、ジンベエザメがただ植物を吸い込んでいるだけでなく、実際に栄養にしている可能性が浮上しました。
世界最大の雑食動物?
そして今年2022年、この説をさらに支える研究が発表されました。
それが冒頭で紹介したオーストラリアの研究です。
オーストラリアの西海岸にあるサンゴ礁ニンガルー・リーフにやってくる複数の野生個体を対象に、研究チームは排泄物や皮膚組織を採集して様々な分析を行いました。
そして、リシンというアミノ酸をもとにジンベエザメの栄養段階を調べたところ、1.4~2.5という、やはり肉食動物としては低い値になりました。
さらに、ジンベエザメの皮膚組織内を調べたところ、ホンダワラ属という海藻の仲間から抽出された脂肪酸が多く含まれていることが明らかになりました。
消化酵素の分析こそされていませんが、これらの結果から、ジンベエザメもウチワシュモクザメと同じく雑食のサメである可能性が非常に高いです。
現状ジンベエザメよりも大きなクジラ類などは全て肉食とされていますから、この発見によりジンベエザメは世界最大の魚類だけでなく、世界最大の雑食動物であると言えそうです。
ちなみに、ジンベエザメはテンジクザメ目、ウチワシュモクザメはメジロザメ目にグループ分けされており分類がかなり離れています。
そんな2種で見つかったということは、世界には他にも雑食のサメがいるかもしれません・・・。
あとがきにかえて
以上が雑食を行うサメの解説でした。
食性というのは動物を理解するうえで無くてはならないテーマなので、この発見がサメたちの保全活動や他のサメの食性の解明につながればいいなって思います。
ちなみに、今回紹介したウチワシュモクザメ、実は初めて雑食が確認されたサメというだけでなく、世界で初めてメスだけで子供を産む単為生殖が確認されたサメでもあります。
ウチワシュモクザメの単為生殖についてはコチラ
ただ単にサメの研究が進んだアメリカの近海に豊富にいて、飼育がしやすいからこうした発見がされやすいというだけだと思いますが、またこのサメから面白い発見があるのではないかと気になってしまいますね。
また面白いサメ情報などがあれば随時取り上げていく予定ですので、引き続きよろしくお願いいたします!
参考文献
- Samantha C. Leigh, Yannis P. Papastamatiou, and Donovan P. German『Seagrass digestion by a notorious ‘carnivore’』2018年
- Sci.News『Bonnethead Sharks Consume and Digest Seagrass』2018年(2022年8月14日閲覧)
- M. G. Meekan, P. Virtue, L. Marcus, K. D. Clements, P. D. Nichols, and A. T. Revill『The world’s largest omnivore is a fish』2022年
- 東京大学大気海洋研究所『同位体で解く世界最大の魚ジンベエザメの採餌生態の謎』2019年(2022年8月14日閲覧)
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