サメが捨てられた薬を摂取?「コカインでハイになるサメ」という噂は本当なのか?

サメが麻薬を摂取しているという噂について解説した記事サムネイル

2023年7月、米国ディスカバリーチャンネルの人気シリーズShark Weekにて、『Cocaine sharks(コカイン・シャーク)』というタイトルの番組が放送されました。

番組に登場した海洋生物学者トム・ハード氏は「フロリダで不法投棄された麻薬をサメが摂取して中毒になっている可能性がある」と指摘しています。

さらに、コカイン中毒になった熊が暴れ回る『コカイン・ベア』、サメを原料にした麻薬と謎の怪物が登場するZ級サメ映画『シャークラブ KANIZAME』などが公開され、モンスターパニック映画業界でも「”ガンギマリ”した動物が襲ってくる」という設定がトレンドになりつつあります。

では、サメが麻薬中毒になる可能性はあるのでしょうか?

今回は、「サメと違法薬物」という風変わりな切り口から、

  • 魚類が薬物依存になることを示した研究
  • 『コカイン・シャーク』の妥当性
  • 自然界に流出した薬物による生物への影響

などの問題を解説していきます。

目次

解説動画:サメが捨てられた薬を摂取?「コカインでハイになるサメ」という噂は本当なのか?

このブログの内容は以下の動画でも解説しています!

※動画公開日は2024年5月3日です。

魚も薬物中毒になる

最初に確認しておきたいのは「そもそも魚が薬物中毒になることはあるのか?」という点です。

世間には「魚類は哺乳類より劣った単純な存在で、人間とは根本的に違う生物」みたいな謎の考えを持っている人がまだ多くいます。

そこまで極端でなくても、人間に中毒症状を起こす薬物が魚類にも影響するのか疑問に思うかもしれません。

しかし、魚類が薬物中毒になってしまうと示す研究が複数存在します。

オピオイド依存になったゼブラフィッシュ

2017年、行動神経科学の学術誌『Behavioral Brain Research』に、脊椎動物の実験に良く用いられるゼブラフィッシュという魚がオピオイドに対する依存症状を示したとする論文が掲載されました。

オピオイドはケシを原料とする薬物を広く指す言葉です。合法的な鎮痛薬として使われることもありますが、依存症を引き起こすリスクもあります(よく映画や漫画に出てくる麻薬ヘロインもオピオイドの一種です)。

実験は以下のような肯定で進められました。

STEP
ゼブラフィッシュが自分でエサを出せる装置を作る。

まず、台に取り付けられたセンサーが反応するとエサが出てくるという装置を用意します。

STEP
装置の仕組みを学習させる

装置を置いた水槽内で飼育し、「台の上を泳げばエサが得られる」とゼブラフィッシュに覚えさせます。

STEP
エサをオピオイドに変更

研究者は学習が完了したのを確認した後、出てくるエサをオピオイドに変更しました。

上記の実験の結果、1週間もしないうちにゼブラフィッシュはオピオイドを出させようと、かなり積極的に行動するようになりました。

さらに、オピオイド放出装置をゼブラフィッシュが嫌う水面近くに移動してもこの行動は収まらず、オピオイドの供給を止めるとストレスや不安の兆候を示すことも確認されました。

これらの実験結果は、人間の薬物依存を治療するうえでゼブラフィッシュが良いモデルになることを示すというポジティブな結果として報じられましたが、別の魚種でも薬物の影響が確認されています。

覚せい剤漬けにされたブラウントラウト

2021年、科学ジャーナル『Journal of Experimental Biology』に、ブラウントラウトが覚せい剤メタンフェタミンに対して依存行動や禁断症状を見せたと示す論文が掲載されました。

研究者はまずメタンフェタミンが入っている水槽と入っていない水槽を用意して、それぞれの中で2カ月間、60匹ずつブラウントラウトを飼育しました。

なお、この時水槽に入れられた薬物の濃度は、チェコとスロバキアを流れる川で実際に検出された濃度に合わせられました。

2か月後に普通の水に戻された薬漬けのトラウトたちを調べたところ、比較対象の魚に比べて活動量が低下しており、後に行われた解剖によって、脳内に残っているメタンフェタミンが多いほど活動が鈍くなっていたと明らかになりました。

さらに研究チームがメタンフェタミンが入っている水路と入っていない水路を用意して選ばせる実験を行ったところ、薬漬けだった魚たちは比較対象のグループと比べ、メタンフェタミン入りの水路を好んで泳ぐことが確認されました。

これらの実験に用いられた魚たちはサメ類とは系統が離れていますが、こうした事例を知るとサメが麻薬中毒になる可能性も十分にありそうだと感じますね。

『コカイン・シャーク』の問題点

魚類も違法薬物の影響を受けてしまうなら、ディスカバリーチャンネルの『コカイン・シャーク』で示唆された薬物中毒のサメという内容は真実だったのでしょうか?

確かに米国フロリダ州の沿岸には大型サメ類が数多く生息しており、麻薬の売人や運び屋が違法薬物を海に捨ててしまうことが度々あります。

実際に2021年にはウミガメの産卵調査をしていた空軍関係者が1億3200万円相当のコカインを海岸で発見しており、2023年には家族と釣りをしていた市長が約1億6000万円相当のコカインが詰められたバッグを釣り上げるという事件が発生しました。

しかし、話題になった番組『コカイン・シャーク』の内容には杜撰な部分が多く、「サメが麻薬で異常行動をしている」と断定はできないと僕は考えています。

検証方法が雑

番組内では以下のような実験が行われました。

  • コカインの包みに似せたダミーと白鳥の模型を海に浮かべてサメがどちらに興味を持つかを観察
  • 魚粉を詰めた包みを水中で開けた時にサメがどう反応するかを観察
  • 上空からダミー包みを落としてサメがやってくるかどうかを観察

少し考えれば分かりますが、これらの検証は「サメが薬物中毒かどうか」を確かめるには不十分です。

包みのダミーに興味を持ったからと言って、それが必ず薬物を求める行動かは分かりません。単に包みの方が目新しいから噛みついただけかもしれませんし、包みを落とした音に反応しただけかもしれません。

魚粉の実験については本当に何がしたかったのか謎です。魚粉でサメが興奮するのはそれが魚粉だからであり、コカインとは何の関係もありません。

フロリダ近海のサメが薬物の影響を受けているかどうか検証をするなら、現地で泳ぐサメの血液を分析したり、飼育可能な小さいサメを使って実際に薬物を摂取させるなどの実験をすべきですが、番組内ではそのようなことは行われませんでした。

シュモクザメの行動は本当に異常だったのか?

同番組では、ダイビングした研究者が野生のヒラシュモクザメに遭遇する映像が挿入され、ダイバーに積極的に近づいて方向転換する様子や、体を斜めにして泳ぐ姿が異常な行動のように紹介されていました。

実際の映像はコチラ↓

しかし、フロリダ近海ではヒラシュモクザメやイタチザメなどの大型サメ類を対象にした餌付けダイビングが行われており、人馴れしたサメ類がいたとしてもそこまで不思議ではありません。

「不自然なほど人間に近づいてくる」というだけで薬物の影響だと考えるのは短絡的過ぎます。

また、ヒラシュモクザメが体を左右に傾ける行動は異常なものではなく、エネルギーを節約する遊泳方法だと過去の研究で確認されています。

国立極地研究所の渡辺佑基氏を中心とする研究グループが、ヒラシュモクザメが定期的に行う体を傾ける動作について分析したところ、体を60度ほど傾けた状態が最も揚力が大きくなり、遊泳エネルギーを節約できることが判明しました。

ヒラシュモクザメは体を傾けた方が揚力が大きくなります。

この行動は違法薬物と無縁な飼育下のヒラシュモクザメでも確認されており、薬物による異常行動とするのはあまりにも無理があります。

もちろん番組の内容が杜撰なだけでサメが薬物の悪影響を受けている可能性はありますが、『Shark Week』は誤った情報や誤解を招く内容を発信して度々問題視されているので、あまり鵜呑みしない方がいいでしょう(『Shark Week』の問題点についてはコチラも参照)。

合法かどうかに関係なく問題を起こす医薬品汚染

フロリダのサメがコカイン中毒になっているという話には現時点であまり説得力がなく、もっと証拠を集める必要があると思います。

しかし、僕たちの生活から漏れ出た薬が野生動物に悪影響を及ぼすかもしれないということは認識を持っておいた方がいいかもしれません。

ここまで主に違法薬物の影響を話してきましたが、日常で使う合法的な医薬品が問題を引き起こすリスクもあります。

抗うつ剤で大胆になったザリガニ

2021年6月15日、学術誌『Ecosphere』に、抗うつ剤にさらされたラスティークレイフィッシュ(ザリガニの仲間)の行動が変化したとする論文が掲載されました。

実験に使われたのはシタロプラムという医薬品です。決して違法薬物ではなく、「セレクサ」等の商品名で一般に販売されているものです。

実験ではザリガニたちを岩や植物が置いて本来の生息域に似せた水槽に入れられ、そこで1リットルあたり500ナノグラム(実際に自然界で検出される可能性が十分にある濃度)のシタロプラムにさらされました。

その結果、薬にさらされたザリガニたちは比較対象のグループに比べ、エサを探す時間が大幅に増え、逆に身を隠す時間が減少しました。

要するに、抗うつ剤の影響を受けてザリガニたちの行動がより大胆になったわけです。

抗うつ剤の効能という点だけで言えば良い結果ですが、もしこれが自然界で起こった場合、ザリガニたちが天敵に襲われやすくなってしまうなどの問題が生じます。

医薬品汚染

このように、用法容量を守れば問題ない医薬品でも、未使用のものが廃棄されたり、利用した人間の排泄を通して自然環境に流れ出れば、生き物たちに影響を与えることがあります。

こうした問題は医薬品汚染と呼ばれ、産業廃水や環境ホルモンに並ぶ水質汚染として近年注目を集めています。

具体的なリスクとして、先ほど挙げた生き物の異常行動や病気の他に、薬剤に耐性を持つ細菌(薬剤耐性菌)が誕生および増殖してしまう懸念があります。

こうした医薬品汚染に対する取り組みとして、以下のようなものが挙げられます。

下水処理を改善して自然に流れ出る医薬品を減らす。

人間の体から排泄された医薬品は排泄されて下水に流れます。

この時、下水処理場で一部の医薬品は処理されますが、中には水に溶けやすいなどの理由で処理しきれないものもあります。

下水処理技術を向上させることで、より多くの医薬品を処理できれば、野生生物への影響を少なく出来るでしょう。

環境への悪影響が少ない医薬品を開発する。

下水として流れた医薬品を処理するだけではなく、そもそも流れても問題ない医薬品を開発する取り組みも必要です。

環境問題の議論には「汚染者負担の原則」や「拡大生産者責任」という概念が存在します。

前者は「環境汚染を防止するためにかかるコストは汚染者が支払うべきである」、後者は「生産者は製品を生産・使用する段階だけでなく、廃棄やリサイクルをする段階まで責任を負う」という考えです。

自然界に流れ出た医薬品の問題が確認されている以上、医薬品を作る側も対策を講じるべきでしょう。

不要になった医薬品を下水に流したりせず適切に処分する。

医薬品を利用する僕たち消費者にもできることとして、医薬品の適切な処分があります。

自治体で指定されているケースもありますが、基本的には焼却処分されるように可燃ごみとして出すことが推奨されています。

液体や軟膏の薬も下水に流すのではなく、紙に吸わせるなどしてそれを可燃ごみとして捨てるのが良いです。

また、薬局によっては不要になった医薬品を引き取ってくれる場合もあるそうです。

「麻薬」や「危険ドラッグ」のように明らかに危ないと分かるものだけでなく、日常的に使用する医薬品にも環境リスクがあるという認識のもと、それぞれができることを実践していけたら良いですね。

参考文献

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